ニホン人の継承

 家の近くのデパートは、規模が小さくて見やすい。
 が、その中のショップで買い物をすると、なぜか、かなりの確率で店
員に顔を覚えられる。行く回数が多すぎるのかなあ。
 次に行った時、初めての顔でウィンドーショッピングしたいのに、
「あ」
 と反応されると、しばし気さくに会話できて楽しいけれど、買ってく
れてこそなんぼ、が店員の本音だろうと思うと、期待に応えられないこ
とに恐縮するわけである。
 先日、そんなショップの前の通路を通り過ぎようとしたら、店員は一
人で、下を向いて在庫表とにらめっこ中。これなら気づかれずに済む。
 が、私の方から近づいて、言動が一致していないぞ、私。
 まあよい。
 十一月に同窓会がある。
『服を買うなら、捨てなさい』に啓蒙され、足の長い私はパンツが私ら
しいファッションだと結論し、パンツは購入したが、寒がりなので、上
に着る服は直前に買うつもりで、ここの店員にもそう話してあったが、
ほかに客のいない閑散とした午後、店員が、たとえばこれなどが似合い
そう、と見せてくれるのを、実際に着てみないことには似合うも似合わ
ないもわからないと思ったのが運の尽き。
 ブラウスを数種類試着して一着選び、それに最適なネックレスを付け
てもらうとなるほど華やぐなあ、カーディガンはこれよね・・・店員と
共に選んで約二時間後。その三点すべてを買うことにした。
 カーディガンは私のサイズのを取り寄せてもらう必要があったので、
それが届いてから、パンツ持参で行き、全身コーディネイトを確認した
のち、クレジットを切る。
 その際、店員の、節なくほっそり白い指が美しかったので、
「白魚(しらうお)のような指」
 と褒めたら、二十代の彼女は戸惑う表情。
 色が白すぎて良くないと受け止めたのだとか。
 数日後、友達の中学一年の息子に、何かの話の流れで、
「かあさんが〜夜なべ〜をして〜」
 と冒頭部分を歌ったら、
「それ何」
 と聞かれ、その時点で確信して、
「手袋編んでくれた〜」
 と続けたら、案の定、
「買ったらいいやん」
 私自身、この歌でそういう過去を知っただけだから偉そうなことは言
えないが、今この一瞬を真摯に生きる積み重ねが生きることだとしても、
こういう過去や文化の継承がまるきりないと、ニホン人としての記憶の
断絶にならないか。
 まあ、不安に感じた時から知る努力をするのでも、間に合いそうでは
あるけれど。
 何を隠そう、私は、大学一年の時、「紺屋(こうや)の白袴」の意味
がわからなかった人間である。