200日ルール

 特攻隊が自爆テロの産みの親かどうかはさておき、戦争の中でも、こ
れ以上悲惨なことはない、と思っていた。
 が、今年度のノーベル文学賞受賞作家、スヴェトラーナ・アレクシエ
ーヴィッチの『アフガン帰還兵の証言--封印された真実』を読むと、実
際の戦場では、あっさり死ねないがゆえに非人間的なむごたらしさに長
期間身を晒すことになる現実を知り、気が重くなって、なかなか読み進
められない。
 そんな中、芸能人男性が十八歳の息子を相手に起こした「親子関係不
在確認訴訟」に勝訴判定が下ったというニュースに遭遇。DNA鑑定で
血縁関係が否定され、かつ結婚後200日目に息子が生まれたことが、民
法の200日ルールに照らし合わせて男性の有利に働いたそうな。
 この民法は子の権利を守るために生まれた法律だと説明があり、一瞬、
納得しそうになった。
 もちろん、私だって、血よりも共に暮らす時間が親子の絆を作る、と
信じたい。
 でも、だったらなぜ、ニホンでは、かくも不妊治療が盛況なのか。養
子では駄目なのか。自分の子でないと大事にできない、と思っているか
らではないのか。
 DNA鑑定で血を分けた子でないとわかった場合、それを理由に法律
的に親子関係解消が認められないからと言って、その子の立場が安泰か
と言うと、かなり疑問だ。
 DNA鑑定をしようと考えたような親だ。その後、自分の子供ではな
いのに養育させられるという不満が、その子への理不尽な扱いとなって
顕われないと、どうして言い切れよう。
 そうなった時、子の権利を守るためだったはずの200日ルールに、そ
の子が苦しめられることになる。
 雄のライオンは、乗っ取った群れの中に幼い子がいたら、雌が発情せ
ず、自分の子を産んでくれないので、その子を殺すとか。
 人間の世界では、今なお、野蛮な女性器切除がまかり通っている国は
多い。
 処女信仰の一種らしいが、男達が処女にこだわるのは、生まれた子は
自分の子だと心の底から安心したいからだろう。
 自分の遺伝子を残すことに命を賭ける。それが、太古から、雄、男達
の第一義だった。
 ニホンの男達だけ、もうそんな原始的な精神は超越した、とは思えな
い。
 しかも科学的鑑定が白黒をはっきり付けてしまう。
 そんな新たな時代。
 血が繋がっていないと知った男親が、
「ごめん、自分には無理だ」
 と考えることは絶対ない、という前提に立つのは危うすぎる。理想主
義過ぎる。
 万一、そういう場合でも、子が救われる法律ができたらいいな、と思
った。