思うことは罪ではない

 昼間、電車の中で二度も嫌なおっさんに遭遇したのは優先座席に座っ
ていたせいだと気づいたからには、その時間帯のその車輌前後の優先座
席は避けるのが「君子危うきに近寄らず」。
 が、すでに最初の時に嗤(わら)えていたなあ。
 詰めたら五人座れるところをゆったり四人で座るな、特に優先座席に
座る権利がないお前らは、あ、男は別だぜ、という理屈を実力行使した
おっさんの両隣の人は、私が降りる時にはすでに下車していたが、その
空いた狭い隙間に座ろうという人は現われないようで、このおっさんは
三人しか座れない状況を作り出していたのだ。
 ちなみに、最初の時、右端に座っている私は、
「普通、人が座ったら詰めるもんやろ」
 言うと同時に指先で強く突つかれると、
「さわらんといて。きたならしい」
 と応じるのが精一杯だったが、
「痛ーっ、暴力ふるいはるぅ〜」
 と叫べばよかった。
 それよりも、
「替わってほしいんやったら、替わったげよ」
 初っぱなに申し出てあげればよかった。
 だが、席を譲るとしたら、彼と直接袖が触れ合う両隣の人達であるべ
き。しかし、二回とも、そうはならなかった。席を替わってあげようと
いう優しい気持ちになる代わりに、意地でも立つものかと思わされたの
だ。私だって、思っただけで、頑張って座り続けた。
 二度目の時は、隣の女性が果敢に言葉で闘ってくれたおかげで、とば
っちりを免れたが、そんな彼女に、
「この人は、いつも、女性の横に座って体をくっつけてくる要注意人物
なんですよ」
 と耳打ちしてあげたらよかった。
 そして、ケータイでそいつの写真を撮り、インターネット上に載せる。
 実行しなかったのは、夜の車内で醜く酔いつぶれた男性を写メに撮り、
インターネット上に公開した女子高生の行為が取り沙汰された記事を思
い出したからではない。
 そのおっさんを深く軽蔑する私が、真っ正面から戦わず、そういう姑
息な手段で溜飲を下げたのではおっさん以下だ、と思ったのだ。
 でも、そうかあ、人は似たようなことを発想をするものなんだなあ。
 大切なのは、条件反射の感情を理性のフィルターに通し、それでも、
その感情のまま押していくのか、その感情を手放すのかを選ぶこと。
 手放すと決めたら、その瞬間、その感情は百億光年のかなたに流れ去
る。
 もはや思い煩うことはない。
 それでも、そんなことは考えたこともない、と自分を偽ることもしな
い。
 あ、そう言えば、私のケータイは、写メは撮れても誰にも送れない契
約内容なのでした。