終点でも目覚めないと

 電車の中では、ぐっすり寝ていても、降りる駅に来たら目が覚める。
 そんなの当たり前、と誰もが思っているだろうけど、神業と言ってい
いぐらいすごいことではないのか。
 だって、どこで眠りに落ちるかは毎回不特定。なのに降りるべき駅で
ちゃんと目が覚めるのだから。
 まさか、その駅の振動はほかの駅とは違う、なんてあり得ないし。
 誰かメカニズムを解明してくれないかなあ。
 先日、降りる終点の三駅前で深き眠りから急浮上した。その駅に着く
直前に窓の外に確認したいものがあったので、理想的な目覚めである。
 しかし、あとまだ三駅あるので、再び目を閉じた。
 と、腕を揺すられ、目を覚ます。
 ドアに向かいながら、私の方にぐねらせた体を元に戻しつつ私を確認
する、ほかの人とは明らかに挙動が違う男性。終点に着いたのに起きる
気配がない私を起こしてくれたんだ。
 そう言えば、振動が減ったような、静かになった感じは体感していた。
 でも、その親切な男性がいなければ、私は、折り返し運転になった電
車の中の、一体、どこで目覚めることになったやら。
 ついに、降りる駅に来たら勝手に目が覚めるという私の神業が通用し
ない日が来たのである。
 そう言えば、何ヶ月か前、終点に着いたのに起きる気配がない女性が
視野に入ったので迷うも、結局、そのまま降りたことがある。彼女の周
辺から人はいなくなっていた。でも、きっと誰かが起こしてあげると自
分自身に言い聞かせて。
 勇気が出る時と、出ない時がある。
 その時、頭に思い浮かんでいたのは、高校生の時のこと。
 記憶がおぼろで、起こしてもらったのが私自身だったのか、ほかの女
性だったかわからないのだが、昼間、終着駅で、若い男女の男性の方が、
下車する前、起きる様子のない向かいのシートの女性客を起こしてあげ
たら、もちろんその女性客は感謝であるが、男性の連れの女性が、そん
な余計なことしなくていいのに、というように、つんけんした態度で男
性を引っ立てて降りていった。
 周囲に目配り気配りができる素敵な私の彼、と彼に惚れ直すのではな
く、私以外の女性に親切にしないでよ、と彼に苛立つ感情がまさったん
だな。こういう時の女性って「イケズになるんやなあ」。
 だから、寝過ごしかけている一人客の女性でも「触らぬ神に祟りなし」
が正しい対応になるわけはないのだが、この手の一件に関しては、私の
脳は「羮に懲りて膾を吹く(あつものにこりてなますをふく)」状態に
なるかもしれない。