優先座席

 その日も、昼間の電車で寝こけていたら、暴力的に起こされた。
 一体、何。
 覚えがある。
 果たして、右隣の女性の向こう側に体をねじ込んで座ったおっさんは、
以前、私の左隣の女性の向こう側に座ってから、その女性越しに、もっ
と詰めろと言って私の腕を指先で強く突っついてきた、あのおっさんだ。
 今回、私は座席の左端に座っていた。それ以上左に寄れない私と、押
してくるおっさんのあいだで、隣の女性は体の幅だけ座席が確保できな
くなったのだろう。
「んもう。なんやのん」
 おっさんに抗議。
 相手が女性でも、体を密着されて私は不快と警戒心を覚えたのだ。彼
女はもっと気持ち悪いはず。
 もしや、このおっさん、若い女性と体を接触させたいという暗い欲望
をこの手口で満たしているのか。
 実際、この女性が、
「そっちの人に詰めてもらったらいいでしょ」
 と言ったら、おっさんの右側の老夫婦は慌てて右側にからだを寄せた。
 ところが、このおっさん、
「ここがちょうど真ん中や」
 正面のガラス窓とガラス窓の間の枠が座席の真ん中に位置し、その真
っ正面に自分は座っている、と言いたいらしい。
 私は思わず、おっさんの目の前に立ち、1cmの差もなくそうなのか、
客観的に判断してやろうかと妄想する。
 隣の女性はまともに取り合うだけ損と悟ったようで、
「はいはい」
 露骨に小馬鹿にする相槌。
 それでも無視せず律儀に返事してしまうところに育ちの良さを感じさ
せられるが、そんなことをしたら、また何か言われるよ。
 案の定、
「適当な返事をせんと、ちゃんと見てみぃ」
 このおっさんは、こういう嫌な会話であっても会話してもらえるだけ
で嬉しいのかも、と思えてきた。
 問題は私だ。なんで、二度までも、こんなおっさんと遭遇することに
なったのか。
 赤の他人のせいで不愉快な事があると、私の行ないの何かが悪くて運
気が落ちているのだと思ってみる私。
 が、気がついた。ここは優先座席。
 はは〜ん。
「座席は詰めて座りましょう」
 を守らない乗客への怒りを、優先座席だけに的を絞り、そこに座るべ
きでない人間が座っていたら、こういう態度に出るんだな。
 よって老人は相手にしない。
 けど、前回、私は詰めろと突っつかれたが、私と反対側の左端の男性
は無害だったから、目の敵(かたき)にするのは女性だけなんだ。
 相手を選んで行使する正義は、本物ではない。
 でもさあ、私は白髪がちらほら。
 あんたは黒々。
 若く見られたいのよね。なのに優先座席の権利は主張するんだ。