痴漢大国

 痴漢抑止バッジの製品化という話題を知って、バッジごときで痴漢を
撃退できるのかなあ、と思った。
 が、電車で毎日のように痴漢に遭っていた女子高生が「痴漢は犯罪で
す」と書いたカードを母親に作ってもらい、通学かばんに付けたら、
「痴漢する方も相手を選ぶよな」
 と心無いことを言われもするが、痴漢の被害に遭わなくなり、そこか
らこのバッジが生まれることになったと知ると、だったら効果はあるの
かも、と思えてきた。
 効果があるかもしれないのなら、バッジは必要な存在だ。
 私は痴漢に遭ったことがある。
 そんなに混雑した車内ではなかった。ふと気がつくと、たすき掛けし
たかばんの位置が徐々に動かされている。そして、男の手がぴたっと私
の股に置かれている。動くのではない。ただ置かれている。
 気づいた途端、私は硬直した。
 すぐにその場を離れればいいのに、そうできなくて、もちろん声は出
せなくて、ただ、バッグを動かして、その男の手を払いのけるのが精一
杯。
 が、しばらくするとまた、バッグは私に気取られない遅さで男に都合
良い位置に動かされ、男の手が舞い戻ってきた。
 もう一度は、母親と一緒に出かけて、私の横に座った男から痴漢され
た時。
 やはり声は出ず、しかも、私が降りるべき駅が来るまで、私はその場
を動けなかった。
 降りてすぐ、母から、
「あんな変な感じの人の横に座っているなんて」
 と言われ、何も言えなかったし、ましてやあれは痴漢だった、とは言
えなかった。
 当時の私は、変な感じの人に横に座られたからと言って席を立つのは
露骨すぎて相手に悪い、と考えるほどに若かったのだ。
 私は断言できる。
「痴漢する方も相手を選ぶよな」
 そうであろう。が、その基準は、痴漢しない者にはわからない基準な
のだ。
 そして、そんなことをされたら大声を出せばいい、とか、その場を離
れればいい、というのは被害にあったことのない者が言える暢気(のん
き)な理想論であると。
 もしかしたら、餌食にされるのは、擦れていなくて、まずは人より自
分自身に非があるよう受け止めてしまう精神構造の時期の女性かもしれ
ない。
 バスや車内で女性がレイプされるインドは信じられない国だ、と思っ
ていたけれど、相手の女性の意志を無視した性暴力という点では痴漢も
同罪。 
 件数の多さを見れば、ニホンの方がよっぽど異常だ。
「痴漢」と入力したら、アダルトビデオ動画の一覧が目に飛び込んでく
るし。
 愛なき欲情処理が、かくもおおっぴらに推奨される国だったとは。