「ランチなら喜んで」の理由

 大学時代、同じ専攻学科で同じゼミだった男の子から電話がかかって
きた。
「男の子」の面影なんぞ、とうの昔に消え失せているとわかっていても、
その名を聞けば、「男の子」という当時の言語認識が呼び覚まされ、ど
うしてもそういう言葉遣いになってしまう。
 当時は電子メールも携帯電話も普及前。
 年賀状というかぼそい親交手段が途絶えたら、申し訳ないけど、私に
とって、みんな、もうあの世に行ったみたいな感覚になっている。
 よって、亡霊が現われたような眩暈(めまい)である。
 彼は、仕事柄の手段も駆使し、インターネットを頼らず私を探し当て
たそうで、ふーん、インターネットだけが万能ってわけではないんだ。
 彼は、最近、私達の教授の私的な勉強会に出席し、その際、教授と日
を改めて会おうという話になり、交流が続いているもう一人の同級生男
子にも声をかけたので、男三人。
「やっぱり、女子がほしいやろ」
 彼もまた当時の感覚のまま、私を「女子」と表現してくれて、優しい
なあ。
 蕎麦屋で昼の一時から三時の予約だとか。
 野郎の集まりなのに、昼間。
 これ以上望みようがない理想である。
 普通は夜で、そうなると私は即答できない。
 居酒屋でなくても普通のレストランでも、大抵「喫煙可」。よくても
分煙」。それも、喫煙者を別室に隔離するならまだしも、ここから向
こうが喫煙席、というようなゆるい定義で、煙は店内を好きに流れるか
ら、煙草のけむりアレルギーの私に、それでは意味はないのである。
 ただ、ランチの時間帯だけは全席禁煙にする店は多い。
 本当は、夜、喫煙可になるのであれば、
「壁に煙が染み込んでるやろ!」
 と背を向けたいところだが、そこまで厳格だと人付き合いを断つしか
なくなるので、ランチが全席禁煙なら譲歩する。
 昼の誘いであることに感激した理由を述べ、
「健康を賭けてまで、付き合う気はないしね」
 私は言い放つ。
 その男の子は、万が一その時間帯が禁煙でない場合は連絡する、と言
って電話を切った。
 ホームページで調べたら、昼間は全席禁煙。
 よかった。
 実は、昼でも夜でも、もっと困ることがある。
 気の利いた喫茶店は、ほぼ全店、喫煙可能。これに関しては、もう諦
めた。私にとって喫茶店は存在しないものとみなすようにした。
 こんな健康弱者の私の救世主は、デパートである。各階に置かれた休
憩用ソファーが喫茶店代わりになってくれるのだ。
 さて、今日はランチのあと、どうなるか。
 私はこれから彼らに会いにいく。