言葉の威力

 空はますます青く、雲は白く、そして伸びた草はいっせいに同じ方向
になびくから、風も見える。
 秋近し。
 が、今朝は七時前にはエアコンをつけてしまった。視界は秋、でも真
夏の蒸し暑さ、という釣り合わない現実に、五感が混乱して、耐性が低
くなっているのかも。
 ささいなことがストレスになる。残暑は、そういう季節なのかもしれ
ない。
 幸い、リオのオリンピック期間中なので、メダル受賞者達の素敵な話
を読んで、心が爽やかになる。
 「読む」わけだから、やはり、核は「言葉」だ。
 シンクロナイズド・スイミングが、団体、デュエットともに銅メダル
を取り、日本の復活を印象づけてくれたが、二年半前にヘッドコーチと
して戻ってきた時、井村雅代は、選手達に、
「ニホン語が通じない」
 と感じたそうな。
 単語の理解は共通認識。なのに、文章になったら、伝えたい意味合い
で、選手の心に届かない。
 言葉のむずかしさの事例は、こういう所でも見つかるんだなあ。私達
は、意味を正確に理解し合うことに時間を取られる宿命にある。
 一方、体操の内村航平選手は、
「団体で金を取る」
 と公言し続けた。
 ほかの選手も、そう口にするが、初めは心が伴っていなかったという
のは想像がつく。体操の団体は、それぞれの種目の代表者が自身の最高
の演技をするだけで、競技中に別の選手と協力し合えるわけではない。
団体も、結局は個人競技みたいなもの。
 だが、内村が団体の金に固執するのは、私欲ではなく、その背後に、
男子体操の歴史を俯瞰した大きな視点があった。だからだろう。やがて
全員が、同じ熱意で同じ思いを共有することになる。
 そして、目標達成。
 言葉はあなどれないな、と痛感させられた。
 本気の思いだから、しつこく、何度でも繰り返す。
 正しいことを言っているのだから、きっと、そのうち、周囲もその思
いの渦に巻き込まれる。
 じゃあ、口にしていれば絶対そうなるのか、夢は叶うのか、と喧嘩を
売ってくる人がいるかもしれない。でも、必ず実現するとは限らないか
ら言葉を手加減する、という心根は貧しい。頑張っても報われない場合
をあらかじめ予想し、その時に恥をかきたくない、と考えたさかしさだ
から。
 ところで、知り合いの子供達と話すうちに、
「親の顔が見たい」
 ということわざは本当だな、と思うようになってきた。
 心の教育は家庭でしかできないんだなあ、という実感だ。「親」には、
子供達がたまにしか合わない祖父母や親戚も含まれる。