悪態をつく

 人は、自分が発した言葉に引きずられて、その言葉を言わなければそ
こまで感情が沸騰することはなかったかもしれないのに、その言葉を口
にしたがために過剰に激高したりすることは、ある。
「ずるい」
 はそんな言葉の一つだと思い、私は好きになれない。
 言葉が人を作る。
 言葉は大切。
 だが、その道をはずれることがある。
 この三月に第一子を出産した友は、学生時代からの仲良しグループが
あって、たまに会うそうだが、中に一人、みんながいる前で彼女を小馬
鹿にするようなことを言う人がいるらしい。でも私の思い過ごしかも、
と彼女が言う。
 見た目ははかなげだが、芯が強く、なよっとした風情たまま自分の意
志を貫くし、何を食べるか決めるのに私が延々悩むのと違い、スパッと
決めるから、彼女は自分の気持ちをしっかり把握できている、と思って
いたので、こんなことに気弱に悩む彼女にびっくり。
「そんなん、嫌味に決まってるやん」
 普段、優柔不断な私がスパッと言い切る。
 相手の発言が故意の悪意か否かなど、わかるわけがない。当の本人に
問いただし、そんなつもりで言ったのではないと優等生の返答が返って
きたとて、真実とは限らない。
 でも、そういうことを言われると嫌な気分になるという友の気持ちは、
真実。
「なんで、そんな事言うのん。そう言われたら私は嫌な気分になる。友
達が、そんなこと言うかなあ、と相手に言ったら」
 と私は進言。
 そんなことは言えない、と友は悲しく首を振る。
 えー、なんで〜。私は不満。
 別の折、彼女からその嫌味な友達の話がまた出た。
 一人産んだあと二人目をなかなか授かれない人がいるが、私はすぐに
第二子を妊娠できた、という言い方で、その相手から妊娠の報告があっ
たらしい。
「へぇ〜。犬猫並みやねえ、ほいほい産めるんやって言ってやり」
 と私。
「えー。そんなこと言えない」
 私だって面と向かっては言わないサ。
 けど、誰かの言葉に悩んでいる友の気持ちを楽にしようと思うと、こ
んな悪態が口を突いて出てくる。
 それに、気がついた。私の辛辣な言葉を聞くと、そう思いたくても思
ってはいけない、と自己抑制していた蓋が開けられたのか、彼女が晴れ
晴れした顔になることに。
 友は三月に女児出産。
 彼女の嫌味な友は五月に次男を出産。女の子がほしかった、と彼女は
羨ましがられたそうな。
「むははっ。ざまあみろって言ってやり」
 いいのか、私。
 友のためなら、どこまでも人が悪くなれそうだ。
 しかも、ちょっぴり楽しんでいる。