嘘つき

 先日、ベンツおじさんが、明日は健康診断だ、と言った。十六、七年
前からずっと同じ病院で受けているのは知っている。
 が、彼が続けて、
「子供達に、おとうさん、受けなきゃ駄目、と言われたからだ」
 と言うので、
「そんなん、子供が言うわけないやん」
 にべもなく私は言う。
 子供達が、近年、急に、健康診断を勧め始めた、なんてあり得ないか
ら。
 ベンツおじさんは言葉が続かず、図星だったのね。
 なんで、本当の話に少しの嘘を紛れ込ませて、まことしやかな話をで
っち上げるかなあ。
 自分の子供達は親思いだ、って小さい自慢を付け加えたかったってこ
となの。
 その手の嘘が許される、いや推奨されるのなら、私だって肚を括り、
その技術を磨くことにやぶさかではないが、自分の嘘に鈍感になり、話
の大半が嘘、ということになっても平気になれそうな気もする。
 やっぱり、私は、悪びれずにその道を行ける精神は尊敬できない。
 そう思う私は、人の話を真に受ける性格だからかもしれない。
 ベンツおじさんの嘘を見破れたのは、たまたま、彼の性格については
日頃からよく学び、警戒するようになっていたからにすぎない。
 それが証拠に、先日、ピコ太郎が、十五歳年下の女性と結婚したとい
う記事を目にして、えっ、七十八歳のお嬢様と結婚していたんじゃない
の、と頭が混乱したのであった。
 まあ、自分と直接関係のない人の嘘は、騙されたとて仕方がない、と
自分自身を慰めることはできるだろう。一方的に配信される情報を、私
自身が検証する術はないのだから。
 問題は、私と直接関係ある人の中に、悪気のない嘘だから目くじら立
てることもなかろう、と考える人達が、たまに紛れ込むことだ。
 私が、そういう精神を嫌うから、そういう人達を呼び寄せてしまうの
かなあ。
 二年前に母が入院した時、その四人部屋の同室に、私と同じく、母親
が入院中で、看病に来ている女性がいた。朝から晩まで献身的に母親の
世話をしているようで、私とは大違い。
 この彼女から声をかけられ、病院の外で彼女の話を聞くことになった。
病院近くの公園で、あるいは、別の日別の場所で落ち合って。
 彼女は、自分の母親の担当医はちゃんと母のことを診てくれない、と
言った。初めは言い渋っていたが、私の母の担当医でもある、と明かし
てくれた。
 そんなことを言われたら、私の母はまだ手術前で、私は不安を掻き立
てられる。
 あとで考えると、この彼女も、騙されやすい私の弱点が引き寄せたの
だったかもしれない。