シジミチョウとロングコート

 十一月に入って一度、冬のロングコートを着た。首にはしっかりマフ
ラー。
 いつのことだったか確認すべく、ワードで書いている日記を見返そう
としたら、その前に、シジミチョウを見たと書いた日のページに目が留
まった。 
 そうだった。もう十一月なのに、ベランダまでシジミチョウが舞って
あがってきた。
 シジミチョウはスズメ同様、生活圏のどこにでもいる、ことはなくな
りつつある、という記事を読んだことを思い出し、ちょっとほっとした。
 十一月五日のことで、その数日後にも、道を歩いていて、見た。
 黄色い蝶も飛んでいた。
 黄色いモンシロチョウ・・・
 黄色なのに白い蝶・・・
 書くと、こういうところで不安になる。
 北黄蝶(キタキチョウ)か紋黄蝶(モンキチョウ)のどちらからしい。
 シジミチョウは、灰色の羽に黒い点々、と思っていたら、四十二種類
もあるそうな。
 まあ、でも、シジミチョウ科のすべてが絶滅の一途ということなのだ
ろう。
 それでも、我が家の周りには生息してくれている。
 もう十一月だけど。
 その二日後に木枯らし一号が吹いた。
 そしてその日に私はロングコートを着た。
 夜、電車を待つ私の後ろの男性が、連れの女性に、
「寒いな」
 と話すのが聞こえたが、私は大丈夫。
 電車の中では、暖かい布団にくるまれているような感覚になったかも
しれない。
 誰かに肩をとんとん、と叩かれた。
「降りなくていいんですか」
 私を起こしてくれた男性のあとを追うように電車を降りながら、
「ありがとうございました。助かりました」
 あと一時間もしないうちに終電になるので、乗り過ごしたりしたら本
当にまずいことになったのだ。
「ああ、よかったです」
 このひと言から、この人は、私を起こしていいものかどうか、一瞬、
迷ったことがわかった。
 私も、この人と同じ立場に立ったことがある。
 男性がぐっすり眠り込んで、起きそうにない。
 起きないと困るだろう、と思ったけれど、起こす勇気が出なかった。
 寝過ごすのはあなたの勝手、と思ったのではない。
 起こしてあげたのに感謝ではなく文句を言われるかも、という可能性
に及び腰になったのでもない。
 私以外の誰かが起こしてあげるだろう。
 そんな根拠なき楽観を選んだのだ。
 そして、さっさと降りた。
 今度同じ場面に遭遇したら、迷わず起こしてあげよう。
 さて、来週は、一時的だが十二月並みの寒さになるらしい。
 再びロングコートの出番になるが、前の日に十分寝て、電車の中で寝
なくていいようにしよう。