ココット鍋の冬

 初めてパリに住んだ時、せっかく用意してもらった寮のようなところ
をたった一週間で出て、アパルトマンに移り住んだが、その一週間ばか
りのあいだ、私は成り行きで菜食主義者になった。
 専用の食堂は、安さは魅力だが、“フランス料理”と言うより、単なる
“フランスの料理”。そこで、共同のキッチンで自炊することにしたら、
見知らぬ都会のスーパーマーケットで安心して手が出たのは野菜だけだ
ったのだ。
 そして一週間後。最後にもう一度だけ食べておこうと食堂で肉料理を
食べたら、途端に身体がカッカと燃えだした。
 おお、肉よ。君達はなんという威力なんだ、と私は驚いた。肉から蛋
白質を摂取すると瞬発力が養われるというのはこういうことだったのか。
それに、肉食系狩猟民族は体力が桁違いだし、私達にはちょうどいい飛
行機の機内の温度設定では暑いと苦情が出るらしいのにも納得がいこう
というものである。
 だが、私は、海に囲まれた国の農耕民族。北海道の沿岸に大量にサン
マが漂着したと聞くと、ああ、そこにいたら、私も取って取って食べま
くれるのに、と思うし、野菜が豊作すぎて、値崩れ防止の廃棄処分が始
まったと聞くと、悲しくてそわそわする。
 野菜は身体に大切なんだけどなあ。
 煮ればたくさん食べられるから、こういう季節こそ野菜スープだ、と
感じていて、でも、なかなか実行できなかったのは鍋のせいかも、とフ
ランス製のココット鍋に出会った瞬間、私は直観した。火の回りは速く
ても、中まで染み込まない薄い鍋では、ことこと煮込む料理は味が深ま
らない。
 でも、よく見かけるル・クルーゼに心惹かれたことはないのに、もっ
と持ち重りのするSTAUB(ストウブ)には一目惚れして、即、その場で
元気な黄色の18cmを購入。
 そして毎朝、これで野菜を煮込むのが日課になった。
 少量の水と昆布だけで煮るので野菜スープとは言えないかもしれない
が、食べる時、トマトやチーズや醤油で味付けを変える。
 休みの日なら、もう完璧におやつ代わり。なんて健康的なんだろう、
自画自賛の私。
 一方、自分も使う気でいた母は、重さに不安を覚えて、前言撤回。
 この鍋にしても圧力鍋にしても、重たいのは確かだ。
 しかし、重たいからこそ美味しくできる料理はあるわけで、そういう
重さと格闘できる若いうちから軽い調理器具ばかりでか弱さを気取って
いてどうする、と遅まきながら目が覚めた。
 料理には、腕力という側面もあるのだ。