耳垢

 たまに、耳から耳垢が流れ出てくる感じがする。
 実際にそうなるわけではないが、耳垢が溜まってきたとからだが感知
したようで、綺麗にしたい。
 でも、耳かきが当たると、痛くて、思わず飛び上がりたくなる箇所が
あるものだから、及び腰。私だけかなあ。
 耳垢は、人知れず、私が手を焼いている問題だ。
 高校時代、健康診断で耳鼻科に行くようにという結果が出た。横から
用紙を覗き込んだ男子が「うわっ。耳垢が詰まってんねんてェ」と笑う
ので、自覚症状なき仰天事象に、思わず赤面。なぜ、彼が、難解な専門
用語を正しく解読できたかは、今も不明なのだが。
 耳垢は堅くこびりついていて、耳に液体を流し込まれ、翌日、十分ふ
やけたところで除去してもらうという二日がかりの処置となり、私の
「乙女心」は完全にズタズタ。
 その後は、そこまでひどくならないものの、別の必死な症状で耳鼻科
に行くのに、「先に耳垢を取らせてもらいますね」と言われる。
 この六月もそうだった。
 十年前に発病し、四年前にも再発して、今年で三度目。
良性発作性頭位めまい症」。
 内耳の前庭器官にある耳石がはがれ、変な場所に移動すると目眩が引
き起こされるメカニズムだと考えられていて、寝返りを打ったり、急に
頭を動かすと発病するとか。
 なるほど、私の発病は、三回とも、寝ている真夜中だった。
 よくある目眩の症状、というのも、体験から頷ける。
 けど、予防法がないのでは、「また、目眩が起こったら、どうしたら
いいんでしょう・・・」
 気持ちが落ち込む。
 ところが、医者は、あっけらかんと、
「また来て、治せばいいだけです」
 医者の言葉一つで、患者の心に明かりがともった瞬間である。
 その医者は、耳垢を溜めてきた不潔な私であると軽蔑することもなく、
瞬時に綺麗にしてくれたので、勇気を出して、耳垢のことも相談してみ
た。
「綿棒だと、なかなか取れないんです」
「来たら、いつでも取ってあげますよ」
 耳垢を取ってもらうためにお金を払うの・・・。
 と思っていたら、八月三日、耳かきエステ店従業員殺傷事件が発生。
 三十分で二千七百円。六十分なら四千八百円?!
 耳鼻科医の腕にかかれば、一分もかからないんだけどね。
 エステ店従業員に片思いした加害者は、通い詰めて、ひと月に三、四
十万円払っていたとか。
 そうか。そんなに「膝枕で耳かき」は心地いいんだ。
 だとしても、私は、まずは自力で耳垢が取れる人間になりたい。