私が二軒目の滞在先ムッシューL宅に着いてほどなく、その日の夕食
にマダムDを招きたいと思っていると言われて、私は言った。
「彼女は今日は無理です」
もちろん、理由も説明。
マダムDは、私の最初の滞在先のマダムB宅で毎晩夕食をご馳走にな
っていたが、ある晩、
「普段はこんなに食べないから、胃が悲鳴を上げている」
と癇癪を爆発させたのだった。
へ。量が多いなら、残せばいいじゃん。
私はたくさん食べるのに体重が減って、たぶん炭水化物が少ないせい
だろうけど、帰国してもこういう食事ができたら幸せだなあと思ってい
るのよ。
なんにせよ、B夫妻を前に、そんな言い方はないんじゃないの。
さらにマダムDは言う。
「昼に薬を飲み忘れた」
その日、私は朝から彼女と二人で遠出し、昼食に入ったクレープ店で、
私がアレルギーの薬を服用するための水を頼んでくれたのは、彼女。で
も、彼女は自分の薬は飲み忘れたんだ・・・。
「今、昼の分を飲むと、四時間後にもう一度飲まなきゃいけない。すぐ
に帰って眠りたくても、そうできない。私は、あしたは一日休養します」
翌日様子を見にいったら、ゆかた姿で病人っぽかったが、その次の日、
つまり私がムッシューL宅に移った日はおしゃれな昼の装いに戻ってい
たので、ほぼ回復した模様。でも、夕食の招待には時機尚早であろう。
「典型的なパリ人だな。いつも文句を言って、絶対満足しない」
と、ムッシューL。だが、
「じゃあ、モンサンミシェルへのドライブに彼女を誘おう」
と言い出すから、私は困惑させられる。
でも、早朝に出発する強行軍なので、マダムD自身が辞退してくれる
かも。
L夫妻と、翌日、マダムDを農家民宿に訪ねたら、案の定、
「私、モンサンミシェルはよく知っているんです」
マダムDは否定的な発言。
昔、海沿いのノルマンディー地方は金持ちが好んで住んだ場所で、そ
こで育った彼女は何度もモンサンミシェルを訪れているのだ。
「つい最近も、あそこで私の展覧会を開いたんです。その時は・・・」
話が彼女の自慢話に逸れるが、神妙に拝聴するL夫妻と私。
「で、あしただけど、やっぱり体調が大事よね」
機を見て私が話を元に戻した。
「ええ。朝早すぎるし・・・」
やった〜!
ところが翌朝、彼女から借りている携帯電話の電源を入れると、
「早く起きられたから一緒に行きます。迎えに来て」
のメッセージ。
私はゾーッとして、すぐに電源を切った。
メッセージは読まなかったことにした。