マダムD(フランス旅行記)

 マダムDは主役になりたかったのだ。いつでもどこでも相手が誰でも。
「車でブルターニュまで送ってあげる。そうすれば、車の中でずっと話
ができるじゃない。あなたが友達の家にいるあいだ、私はあなたの邪魔
をしないし」
 そう言って彼女はアッシー君を買って出てくれたけど、どんなにお人
好しのアッシー君でも、隙あらば出世しようと企むものだったのね。
 そうとは露知らず、ゆえにマダムDをコントロールできないどころか、
反対に彼女に振り回され、おたおたさせられた私。
 でも、一度、二度、三度と繰り返されたおかげで、考え抜いて、彼女
の本質を読み解くことになった。
 そうか。彼女は脇役では耐えられないんだ。
 なぜ。
 淋しいのだろう。
 典型的なフランス美人で、若くして理想的な結婚をしたが、子供に恵
まれず、当時はまだ養子は一般的でなくてその道はあり得ず、しかし夫
は子供をほしがり、次第に二人のあいだに溝が広がって、離婚。彼女は
十代の頃から一生ものの病気を患っていて、その治療や薬のせいで子供
が産めないらしいとは、あとになってわかったらしい。離婚後、彼女は
恋愛はしても、結婚することなく今に至っている。
 一人きりの時は仕方がない。
 でも、誰かと一緒になったら、途端に《私のことをかまって。私を一
番大切に扱って》スイッチが入ってしまうのではないか。
 人数が多い場面では、会話の主導権を握るのがもっとも有効。
 自分自身に視線が集中する。
 それを愛だとみなして、彼女は心が安らぐのだろう。
 愛は、待っていても手に入らない。自ら仕掛けてつかみ取るべし。
 そのせいで座が白けても気づかないぐらい、必死の彼女。
 そうとわかれば、
「可哀相にねえ」
 年上の相手に向かってそう思ってもいいよね。こういうことは年齢と
は関係ないものね。
 ところが、彼女には、ほかにも心を慰める手段があった。
 私の最初の滞在先、マダムB宅で、夕食後に日本から持参した生姜湯
(しょうがゆ)を淹れて、私は、
「生姜はからだを温めてくれる」
 と効用を説明。
 すると、ムッシューBが、
「生姜は媚薬だ」
「えー、そうじゃなくてェ。からだの中から温めてくれるだけです」
「ほうら、ごらん」
「違います。ンもう・・・あ。えぇえ?」
 私の中で、笑いが炸裂。涙は出るは、おなかの皮は痛くなるは。
 と、招待されて同席していたマダムDが、
「まあ、あなたが大声で笑うなんて。でも、せっかくだから、この機会
に思う存分笑いなさい」
 ・・・。
 あのさあ。
 あなたは私の母親ですか。