喜びの不完全燃焼

 インターネットだと一日遅れになるので、今朝見たフランスのニュー
ス番組TF1は、きのう二十二日の放映内容だった。
 十三時のニュース司会者、ジャンピエール・ペルノーは、ニュースの
冒頭、彼がこの番組の司会を始めて今日で二十五年間目になるとちらっ
と述べたが、四十四分後、いつもどおり株価に言及して終わりかけた。
 と、別の時間帯のニュース司会者や気象予報士計六人が、ケーキを持
って笑顔で乱入。
 ジャンピエールは、一人一人の両頬に自分の頬を軽く当てていった。
 男にも、女にも。全員に。
「そうでなくっちゃね」
 と思ったと言ったら、西洋かぶれと言われるかなあ。
 人は「良い」と感じたら、真似をする。
 今は、昔ながらの畳よりフローリング。
 足を伸ばせるバスタブ。
 シャワー。
 洋式トイレが当たり前になったのも、そういうことだろう。
 でも、目の前の相手がくれた喜びに感動したと伝える時、日本人は手
や頬やからだの接触を利用しない。感極まっても、「泣く」のがせいぜ
い。
 まあ、男が涙したら、
「おお。ようやく、自分の気持ちを素直に表現できるようになったのね」
 と褒めてあげたくなるけれど、アメリカなんかだと、頬キッスが日常
的でない代わりに、感激したら、男同士でも、女同士でも、男と女でも
誰彼かまわず抱き合うじゃん。
 ああいうのを見てきて、
「いいなあ」
 真似したいと思うのは私だけかなあ。
 自分の気持ちを正直に体言できたら、喜びが二倍に三倍にもなると思
うんだけど。
 先日、テレビで、四歳の時に母親から肝臓をもらった息子が、八年経
った今、母親にダンスの『幸せサプライズ』をするという番組を途中か
ら見た。
 息子が母親と地元のデパートに行くと、突然、店員がダンスを踊り出
し、そこへおとうさんや親戚や友人達が加わり、最後はその中一の息子
まで踊りの輪に交じるから、おかあさんは呆然。そして、うるうる。
 アメリカの番組の二番煎じである。
 それはいいのだが、アメリカの番組では、何十年ぶりかで初老の父と
再会できた中年の息子は、父親とひしと抱き合い、そこにこの企画をし
たプロデューサーが現われると、彼とも抱き合い、無関係の私の満足も
最大級に昇華されたが、日本版だと、母親、息子、父親、友人達の誰も
が、押さえきれない喜びを発露したそうなのに、ぶきっちょに突っ立っ
ているばかりで、見ていてもどかしかった。
 感極まって抱き合う。
 それだけは、日本人が学びたくない行為なのかなあ。