痩せる秋

 守破離(しゅはり)は道を究める際の修行の段階を言うが、何にでも
当てはまりそうだ。
 たとえば料理。
 作りたいレシピを検索して、調味料の分量などを知る。
 ところが、である。
 素直に従った試しがないんだなあ、私は。
 参考にしたいレシピを二つか三つに絞り、最後にその中の一つに決め
たら、それが伝授してくれる「型」を忠実に身につける第一段階の「守」
を実行すればいい。
 なのに、この醤油の量だと辛すぎる、などと感じ、「守」を一度も試
すことなく、勝手に「破」に飛び級してしまうのだ。
 生まれて初めての分野でも、そう。
 いきなり脚色しても、その方が絶対良い結果になる、と信じられる傲
慢さは何ゆえなのか。これまで生きてきた経験、という自信がそうさせ
るのかなあ。
 よく言えば、あっちやこっちの良いとこ取り。
 しかし、却下したものに着目すると、気に入らないと直感したら、理
由なく排除している場合も多い。
「守」以前の自己流アレンジは自己満足に終わる危険性もある、という
ことを忘れてはなるまい。
 さて、『ダイエットは運動1割、食事9割』と『やせる生活』は、著
者は違えど、痩せたければ食生活の改善、という主題は同じだし、塩分・
添加物の多いパンよりご飯、多彩な食材を少量ずついろいろ食べましょ
う、という提案も同じで、読後しばらく経って、どうしたって痩せない
のなら品数多くたくさん食べてやれ、とやってみたら、脳が満足したの
か、お腹は空いていないけど、なんか食べたい、という訳のわからない
衝動が消えた。
 手軽だからと母がパンを買ってきても、私は食べなくなったのは、甘
い割に腹持ちが悪いせいだが、どうしても食べる時はバターをやめ、手
製のタマネギの酢漬けなどを載せて食べるようになった。
 味覚がそう求めるのだ。
 結果、ひもじい思いをせずして今月の平均体重は約一キロ減っている
最中で、この数値と再会するのは実に十六ヶ月間ぶり。
 そう言えば、目標体重ではなく、痩せた時の自分を思い浮かべてワク
ワクするといい、と以前読み、モデルの首から下に、私の頭を合成した
写真を作ってみたことがあったっけ。
 即効力は感じなかったが、もし、なぜか、この分野の情報だけは妙に
気になる、という時、それは強い関心であるから、心配しなくても、い
ずれそのうちスイッチが入り、その道に身を置く自分自身を発見できる
気がしてきた。
 今、題名だけで図書館に予約し、貸し出し待ちの本は『ぼくたちに、
もうモノは必要ない。』である。