春の喜び

 春は、いきなり来るらしい。
 緑色の葉のこんもりした茂みに、突然、小さな白いぽつぽつ。
 ユキヤナギだ。
 柳のように流れる枝先に点々と白い花が咲くからだろう、漢字で書くと、
雪柳。
 枯れたような枝先のそれぞれにも新芽がツンツン出て、みな、お日様に
向かっている。
 ガラス窓には、カゲロウのような、透き通った黄緑色の羽をした虫が腹
を見せてとまった。
 花が咲けば、虫も動き出す。虫だけは嫌、と言えないのが辛い。
 ところで、カゲロウという言葉が頭に浮かんで、そう書いたが、私が見
た虫を言うのに、カゲロウを引き合いに出して合っていたのか。
 不安になり、調べたら、あの虫は、たぶん、カオマラクサカゲロウだ
とわかった。
 私の記憶は間違っていなかったのだ。
 ふと頭に閃いたものの、自分でもなぜその単語が出てきたのか不思議で、
ところがそれが大正解って、記憶はどういう仕組みになっているのだろう。
 さて、花も虫も春を告げるが、食べ物も然り。
 近隣の県からの産直コーナーに、つくしのパック詰めが並んだ。
 つくし!
 小さい時、土手でつくしを摘んで、母が料理してくれたなあ。
 それが売り物になる時代なんだ。
 つくしの横にはナバナ。
 黄緑色の柔らかそうな葉っぱの中に、菜の花でお馴染みの蕾が潜んでい
る。
 浅い黄緑色は、春の訪れ。
 懐かしさと春の息吹に、買いたくなる。
 でも、目で楽しんだから、それでいいか。
 いや、食べてみたい。
 料理の仕方がわからない。
 インターネットで検索できる。
 では、次の機会に。
 その時には、もうないかも。
 などと心の中で問答して、つくしとナバナを買った。
 つくしの袴を取ると手が黒ずむから手袋をせよという親切な忠告は無視。
数本だと黒ずまないので、大げさだと思ったが、要は数の問題だとわかっ
た。何十本もの袴を取っているうちに、指や爪はちゃんと黒ずんだ。
 それにしても、あく抜きや下準備に手間がかかる。やっぱり見るだけに
すればよかったか。
 でも、翌日行ったら、どちらも店頭になくて、あの時、買って、よかっ
た。
 スーパーマーケットには、こごみや、たらの芽。
 流通に乗るだけは採れるということなんだろう。それでも今だけの旬。
 この瞬間を逃すな。
 お花見も同じだな。
 短い期間で旬が終わる物が多い春は、悠長に構えていたら時を逸する。
 だが、冬のシクラメンは、今朝、最後の花が咲き終わった。
 今日は春分だ。