言ってほしい言葉

 叔母が入院した。
 スーパーマーケットの入り口でふっと後ずさりしたら転倒したらしい。
 人工関節を取り付ける手術を受けたと電話があった。
 気をつけていたのに、と悔やむ叔母。
「転びたくて転ぶ人はいないから」
 私は慰める。
「人工関節の素材は何かなあ」
 知ってどうなる。
 その病院が良しとして採用しているのだし、手術はもう終わっている。
 叔母は本気で知りたいわけではなく、そこはかとない不安がそういう質
問を思い付かせただけなのではないか。
「チタンやセラミックスとかみたいよ」
 パソコンで調べて、ほぼ即答してから、
「そんなことを気にするより、これからのリハビリに集中した方がいいと
思うけど」
 と私は言った。
「そうよね」
 叔母がこの同じ疑問を息子に言ったら、
「そんなことを気にする必要はない」
 けんもほろろの返答。
 一方、娘は、忙しい中、そんなくだらない質問をしないで、と言いたげ
な口調で、ちゃんと取り合ってくれなかったとか。
 ああ、ごく普通の親子だなあ。
 深い話や相談は、だから、友人知人に聞いてもらう。そういうものなの
だ。
 けれども、叔母は、
「子供達は冷たい。私が言ってほしいのは、そういうことではないのに」
 と訴える。
 毎日、叔母から電話がある。
 その叔母の長電話に付き合えるのは、私にとってこれは一時的なこと、
と我慢できるからにすぎない。
 なのに、
「こういうことは子供達に話していない」
 と叔母は言い、私の株は上がる一方。
 ちょっと面映ゆい。
 そんな私も、ついに叔母から、
「それは私が聞きたい言葉と違う」
 と言われる日が来た。
 病院関係者の一人にコロナ陽性者が出た時、私はやはり叔母の不安解消
に全力を尽くしたけれど、その後、叔母がリハビリ専門病棟に移り、ベッ
ド回りは広いし、病室は静かと聞くと、もう愚痴や不満はないだろう。
 が、
「時間ができたので鏡を見たら、おばあさんみたいでショック」
 八キロ痩せたのなら仕方あるまい。けど、一人で歩けるようになること
と比べたら二次的なこと、と思う私の本音が出たようで、
「食べたら元に戻るよ」
 明るく言ったら、
「わかってる。でも、そういうことを言ってほしくなかった」
 娘よりわかってくれると思っていた菊さんも、所詮、
「まだ若いから」
 うーん・・・。
 その時、気がついた。
 叔母の意に添う言葉を囁き続けたら、私は叔母の心を支配できるな。
 悪魔の一歩。
 それでいいですか。