愚痴

 今日、歯医者に行き、
「椅子を倒しますね」
 と歯科衛生士に言われ、体が横になっていくと、焦った。
 鼻の奥に鼻水の気配。
 なんでアレルギーの漢方薬を飲んでこなかったんだろう。
 美容院に行く時は、店内に漂う薬剤の匂いに鼻と喉が反応するので、薬
を飲んでいく。
 でも、今まで歯医者では平気だった。
 それに朝からカラッと快晴。
 帰宅後すぐに漢方薬を飲んだが、鼻はぐしゅぐしゅ、息は浅い感じにな
る。
 かつ、眠い。
 今朝、六時間の睡眠で起きてしまったのが気がかりだったのは、案の定、
突然、抗えない眠気に襲われ、机に突っ伏して二十分ほど寝た。
 おかげで、なんとかものを考えられる状態まで脳が回復した。
 一方、アレルギーはまだ治まらない。
 適切な時に薬を飲むことでアレルギーを抑えられているだけ、という現
実を思い知らされた。
 そして、「謙虚」ということ。
 何ごとにおいても、これが当たり前とか、こうなって当たり前、という
発想になっていないか。
 思いどおりにならないことを許容できない傲岸さに陥っていないか。
 そういう自問だ。
 さて、入院中の叔母から、毎日電話がかかることはなくなった。
 八キロも痩せて老婆のようになったという叔母の言葉に、理が勝った言
葉を返した翌日からそうなったので、こと容姿に関しては軽く扱ってはい
けないと心の底から学ばされた。
 ただ、過去に、同情してもらえると期待して話をしたら、叔母はそれを
上回る自分の体験談を被せてきて、同情してもらうなんて高望みだった。
 そんな叔母が、立場が変わると、自分は同情してもらって当然だと主張
する。
 そうか・・・。
 まあ、人ってそうだよね。
 私は、自分がなぜそう発言したかを分析する癖があるので、記憶に残る
から、思い出して、
「人って勝手だなあ」
 と心の中で苦笑することになるのだ。
 もっとも、叔母も馬鹿ではない。
 同室の患者や食事やトイレなど、際限なく愚痴が見つかるらしい叔母に、
私がやんわり、
「文句ばっかり」
 と言った言葉が叔母の心に刺さったのかもしれない。
 病室の階が変わり、友達もでき、新たな病室で、
「入院後、初めて静かな朝を迎えることができました」
 とメールで報告があった。
 電話では、
「いろいろあるけど、前の病室と比べたら」
 と謙虚な発言。
 昔、
「愚痴を言ったら気が済む」
 と言う友がいた。
 それを私が聞かされるの、と私は唖然。
 今、彼女は幸せだろうか。