新年の抱負

 朝、目覚ましは必要ない。
 けど、ガラケーを目覚まし代わりにしている。
 ただ、目覚めかけの時なら辛うじて聞こえる程度の小さな音量にしてある
し、ベッドから遠い机の上に置いてある。
 寝過ごしてはいけない時は枕元のアナログ時計の目覚ましを鳴らすから、
ここまで書いて、自分でも、ガラケーのアラームは必要なのかと思えてきた
が、忘れていた。私は夜になるとガラケーの電源を落とすのだ。
 なので、朝の目覚ましの時刻直前にケータイの電源が入ってくれるのは、
必須なのだった。
 起きたら、机の上のケータイを手に取り、待ち受け画面に戻す。
 ところが、去年の年末。
 ケータイの画面が暗い。
 前日、一時的にアラーム設定して鳴らす必要があった時に、誤って目覚ま
しの時刻をオフにしてしまったのかなあ。
 電源を入れる。
 立ち上がる。
 すぐに画面が暗くなる。
 青ざめる。
 あろうことか、ケータイの店も、もう年明けまで休みに入ってしまってい
る。
 いくら普通の人と比べものにならないぐらいケータイへの依存度が低いと
しても、年明けまでこの状態が続き、かつ、そこから修理ということになる
と思うと、溜め息が出る。
 だが、私には経験があった。
 テレビのリモコンが、随分前から、特定のチャンネルのボタンは、押して
も反応してくれなくなり、チャンネルを上方向か下方向に動かしてチャンネ
ルを選べる機能を使うことで乗り切っていた。
 iMacのマジックマウスは突然壊れた気がしたけれど、思い返すと、電源が
入っているのにパソコン上でマウスの矢印が動かなくなることが頻発してい
た。
 でも、ケータイにはそんな予兆は一切なし。
 だから困惑なのだった。
 私は充電してみようと思った。理由は自分でもわからない。
 ただ、すぐに、充電が切れかかっているという警告が出て、そういう警告
も出せないほど、電池がなくなっていたらしい。
 私は気が抜けた。
 せめてもの救いは、こんな朝早くに連絡してくる人はいないことだ。
 のはずが、充電開始直後に叔母からショートメール。
「今、ちょっと電話してもいいですか」
「いいよ」
 叔母からすぐに電話がかかってきて、私は何ごともなかったように応対す
る。
 でも、脳内の活火山状態はまだ治まっておらず、しばし非現実を生きてい
るような感覚が続いた。
 それもこれも原因特定の正しい手順の第一歩を誤ったせいだ。
 今年は、こういう愚かしさはないといいな。