蜘蛛とカメムシ

 人とは勝手なもので、閑だと「何かいいことがないかなあ」と思うのに、
ちょっと厄介なことが起こると途端に顔を曇らせる。
 閑なら、切り抜いてあった新聞記事を読むとか、そこが定位置みたいに
置いてあるけど本当は違うと思っている物をどうにかする。一日に一つを
心がけるだけでも、一ヶ月後にはすっきり清らかな空間になるだろう。
 もっとも、一日一つは取らぬ狸の皮算用。外国語の単語を覚える方法と
して勧められても、実現不可能な勉強法の筆頭である。
 話が逸れたが、要は、人は自分がしたいことしかしないということだ。
 そのせいで退屈すると、「何かいいことがないかなあ」とうそぶく。
 私はそう。
 そんな私が「なんで」と思うのは、面倒が起こった時だ。
 夜、洗面器に三センチほどの黒い塊。
 声を上げそうになるけれど、ただ、じっと見る。私も大人になったもん
だ。
 蜘蛛だ。
 ベランダの蜘蛛の巣の主はこれほど大きくなかったはずだから、君は一
体どこから来たの。
 虫を食べてくれると思うと、無下には殺せない。
 ビニール袋で捕まえて、網戸を開け、真っ暗な外で逆さにして振り、見
たら、もういない。
 まさか部屋の中に舞い戻ったりしていないよね。
 ベッドカバーにしている色鮮やかなアフリカの布を折り畳もうとしたら、
布の端に黒っぽい染み。
 この布の上で飲食したことはないのに、どうしてそんな染みが付いたの
か。
 でも、付いてしまったのなら、洗濯しないと取れない。今できることは
ない。
 しかし、あした洗濯する時の方法を考えておくために見てみたら、綺麗
な六角形を形作る小さな丸い粒の塊。ぞわっ。
 カメムシの卵だ。
 去年は網戸に卵を産み付けられたので、すぐにピンときた。
 指先の立体的な感触に耐えて、紙で取り去った。
 きのうは、細くて長い足と羽根を持つ虫が網戸に外側からとまっていた
ので、中から叩いて飛び去らせたし。
 こうして書いてみると、厄介の根源は、全部、虫だなあ。
 で、思い出した。
 壁を這っているカメムシを見つけたけど、そのうちどこかに行くだろう
と放っておいた。そいつが私の布に卵を産み付けたのではないよね。
 虫は、温情を見せたら、すぐに付け込んでくる。
 種の存続が使命の彼らだから。
 互いの領域をわきまえた状態で共存できたらいいんだけどな。
 仕方なく直接対決する場面になったら、「なんで」と思うことになる。
 都会では、虫の悩みはこんな感じ。