プチ鬱は病気?

 夜、少し涼しくなったので、窓を閉めて寝たら、暑かったのか、何度
も寝返りを打っているさなかに、目が覚めた。
 目の先の床が、ぐぃ〜ん、と動く。
 周りの世界が勝手に動くなんて、ホラーの世界。
 三半規管をやられると、そういう症状が出ることを以前経験していた
ので、え、また、と恐怖で目を閉じ、おそるおそる目を開けたら、普通
の世界に戻っていて安堵したものの、起き上がったら頭がふらつく感じ
はあり、やっぱり夏バテかなあ。
 その病気で耳鼻科に行った時のことを思い出した。
 身体がふらつく度合いを測定されようとしているとわかると、私は、
正常な測定結果が出るよう、全神経を集中して踏ん張った。ところが、
数値は無情にも異常を暴き出していて、がっくり。
 普通じゃないと感じて医者に来ておきながら妙な心理だが、軽い病気
じゃないかも、と不安になると、患者は正常なふりをしたくなるのでは
ないか。私はメニエール症候群を疑ったのだった。
 まあ、具合が悪い自覚はあっても、軽い病気であることを望むのは自
然な心の動きなのだろうけれど。
 心の領域を相手にする精神医学の分野でも、それはたぶん同じで、た
だ、レントゲンや血液検査などで決着がつけられるのとは違う世界のた
め、それほど深刻ではない境界線辺りに逃げ込むことに居心地良さを見
出し、実行する場合も増えているような気はする。
 もうそれ以上は死ぬよ、ギブアップしたら、と言いたい人は過労死へ
の道から引き返そうとせず、アンタのどこが限界なのよ、と言いたい人
が「いっぱいいっぱいです」と、あっさり仕事を拒否する。
 どちらもその人自身の感じ方だと考えると、それは違うだろ、とは意
見しにくい。まして、病院に行ったら、やっぱりプチ鬱でした、と晴れ
晴れとした顔で言われたら、「お大事に〜っ」以外に何が言えよう。
 でも、そういう人が、自分の思いを通せなくて落ち込んでいるのでな
いことを、そして、悪いのはあなたじゃないよ、と言ってもらうために
通院しているのでないことを、私は切に望む。
 でないと、自己申告にお墨付きを与えてくれるのがこの分野だという
ような間違った認識が広がることにもなりかねないから。
 そんなことを思っていたら、英語を教えている小学生が登校拒否にな
った。
 彼は心の病なのか。
 それはない。
 でも、周囲は思った。
 この子が悪いんじゃない。
 今、私はそれも絶対的に正しいわけではないと思っている。