ナイフを渡した職人

 二十四日、フランス南東部のアルプス山脈にドイツの旅客機が墜落し
た。
 機体も人も岩肌に散乱した状況から異常事態が発生したことは明らか
だったが、事故直後から、テレビニュースで、墜落までの異常な急降下
の原因として考え得る機械の故障について元機長などが述べていた。
 ブラックボックスの解析前なのに発言するって勇気があるなあ、原因
はまったく違うとわかったらどうするんだろう、と思った私は、こう明
言してしまったら、あとで責任逃れができない、とひとごとなのに心配
したのだ。なんともニホン人的な嫌らしい発想である。
 結局、副操縦士の行動が異常だったことが判明。
 すると、どのニュース番組も、外からは開けられない操縦室の構造解
説を一斉に開始して、似たり寄ったり。
 フランス3というフランスのテレビ局は違った。
 二十六日にニュースの中で、機長による意図的飛行機事故と見なされ
る過去の事例を映像入りで紹介したのだ。一九八二年二月九日の日本航
空の東京湾墜落も含まれる。
 なぜニホンのテレビ局はこういう切り口を思いつかないのだろう。日
本航空の事件にも言及することになるので、考えつかない振りを決め込
んだのかなあ。
 翌二十七日にフランス通信社発で同じ内容がニホン語の記事としてイ
ンターネット上に載ったので、操縦桿を握る人間が事故原因となること
にニホンでも思いを馳せられる状況は与えられた。が、より多くの人に
見られるテレビのニュースが沈黙であることに変わりはない。
 あるいは、テレビは、人の心の問題に絡む場合は慎重になるものなの
か。
 操縦室内の常時二人体制義務化を即日実施した欧米諸国と、事故の正
式な調査結果を待つとして悠長なニホン、というところにも差は見える。
 心。
 直近の国内の事件では、二月二十日に多摩川河川敷で起きた中学一年
生殺害事件を私は思う。
 もちろん、カッターナイフで首を切りつけ殺した加害者は罪人だ。
 ただ、そのナイフは十七歳の職人が持っていて、加害者に差し出した
と知ると、そのタチの悪さが気に喰わなかったし、加害者がそろそろ暴
行を止めようとすると、この職人が、
「もう終わりにしちゃうの」
 と発言したという新たな情報を知るに及んで、この事件を裏で操った
のはこの職人ではないのか、という思いが突き上げてきた。
 自分は直接手を下さず、でも、この人間を焚きつけたら、そう動くだ
ろうと確信して操る悪質さ。
 実行犯と同等か、それ以上の罪にはならないのか。