素の自分で勝負する

 こう言ったら、相手に煙たがられるかも。
 それでも言う時は、相手を選んでいる。
 心が近い。私の真意をきっとわかってくれる・・・。
 ところが、望まなかった方の反応が返ってきて、しまった、となるこ
とはある。
 面倒だから、もう、気心の知れた相手にも深刻なことは言わないこと
にしよう、と決意。
 が、無難なことしか言わなくても相手にムッとされることはあって、
このルールも万全でないとわかると、相手の顔色を見て自分の発言を操
作するようになる。
 しかし、これは負け戦である。人の心を正しく読むなんて、できるわ
けないから。
 問題は、人の心がわからないのはまだしも、この闘いに挑み続けてい
るうちに、自分の心までわからなくなってくることだ。
 それって絶対、変。
 それだったら、素の自分で対峙して、それで嫌われるのなら仕方ない、
と腹を括った方がまし。
 ただし、これから言おうとすることの裏に、私は悪意を隠し持ってい
ないか。あるいは、相手がしようとしていることは、もしそれをするの
が私自身であったら、そんな事をしたら怖ろしいことになると怯えるか
ら、相手のためという態度で相手の未来を阻止しようとしているのでは
ないか。
 そんなことはない、と言い切れることは大切。
 左足の薬指を完全骨折したとも知らず一ヶ月以上放置して、ようやく
病院に行き、レントゲン技師にどこを怪我したのかと問われ、痛みをか
ばって靴と接触する甲の骨にも痛みがある、
「ほら、腫れているでしょう」
 と言ったら、それは論理的にあり得ない、と言われて、私は憮然。
 しかし、彼は、私は生まれつき左の方が甲高なだけなのに、今回の指
の骨折でじっくり足を見ることになり、指が骨折したせいで甲が高くな
ったと思い込んでしまったのだと、私の足を指差しながら、こんこんと
説明を続ける。
 患者の私がそう言っているんだから、つべこべ言わずにレントゲン写
真を撮ってくれればいいんじゃないの、と思いつつ、彼の言葉に耳を傾
けているうちに、私は自分の思い込みを手放すに至った。
 最初に診察室で同じことを訴えた時、医者が無反応だったのは、私が
正しいことを言ったからではなく、私の勘違いを訂正する労力を医者が
惜しんだだけだったんだ。
 一方、冷ややかな私にもめげず、説得を途中放棄しなかったレントゲ
ン技師は、見上げたものだ。
 この時のことを思い出すと、睡眠薬に頼らず眠れる方法を探してみた
らと私が仄めかした途端、心を閉じた友の気持ちもわからないではない。