優先座席でなくても

 先日、地下鉄に乗ったら、並んで座り、声高な英語で喋っている若い
男女がいた。
 白色人種の透明な肌と違い、ニホン人と同程度に濁っているが色味の
方向性は違う。ニホン人が思い描く典型的白人ではないけれど、いかつ
い体格は、そういう国の人。
 次の駅で、初老の女性が乗ってきて、彼らの前まで歩み来た。
 その外国人男性がスッと立ち上がる。二人きりの世界に浸って傍若無
人、と思っていたら、ちゃんと周囲に目配り気配りしていたのだ。
 が、初老の女性。そんな風にスマートに席を代わってくれるのが国際
マナーだと知らないからか、目の前にいきなり岩が出現した感じに怖れ
を抱いたのか。慌ててドアまで退却した。
 外国人男性は、相変わらず陽気に女の子と話し続けたまま、再び腰を
下ろした。
 立って損した、なんて微塵も思っていない。立ったのは蚊を避けるた
めだった、ぐらいになんでもない事として、この一件は終結したのであ
る。
「代わりましょうか」
 と聞くから、
「まだ、そんな歳じゃない」
 と答える可愛げない高齢者に出くわすし、じゃあ、もう、どんな年寄
りにも席を代わってやらない、と心が頑なにもなる。
 代わってあげたらよさそうな相手だと見たら、黙って立ち、そして、
ここが肝腎だが、その場から遠ざかればいい。
 相手がそこに座っても座らなくても、気にしない。ましてや、礼の言
葉は求めない。
 席を代わるから、その見返りに褒めてほしい、と考えるのは、心根が
卑しい。しかし、「代わりましょうか」と聞いたら、どうしても相手に
「ありがとう」と言わせることになる。
 言葉はいらないのだ。
 先日、昼間の電車に二人で乗ってきた女性のうちの一人の方が、座る
ことが必要そうな人に見えた。でも、席はざらっといっぱい。
 私は、席を立ち、その場を離れた。
 気づいた彼女達がそこに向かった。途中、私にぺこんと頭を下げて。
 別の日は、夜の混んだ電車の中で、学生服の少年が膝を抱えるような
格好でゲームに興じていた。一人分のスペースを使い切れない小柄な彼
の横に広がる小さな空間が恨めしい。と、突然彼が立ち上がり、その場
を離れた。
 重たい荷物を持っていた私は、心の中で感謝して、着席。
 あ。もしかして、私の横に立っている白髪(はくはつ)の男性のため
にだったのか・・・。
 だったら、ごめん。
 大人達のあいだに埋没して立つ彼に心の中で謝る。
 やれ、優先座席だ、私は弱者だ、と正義を振りかざさなくても、席を
譲り合えたらいいなあ、と思う。