ちっちゃいマスク

 新型コロナウイルス対策にマスクマスクと言われ出した頃、私は一枚も
持っていなかった。
 が、四月の初めに一枚入手。
 アレルギーで通院している病院に行った時のことだ。
 その日の朝一番の予約を取っていた私は、担当医から、
「どうですか、変わりないですか」
「薬はどうします」
 と聞かれ、変わりはない、薬はいらないと答えた。
 薬は体調が不安な時だけ飲むので、次回の診察日までに十分あると私が
判断したら、こういう返答になる。主導権は私に委ねられるのだ。
 こうして、三分どころか一分診療で終わりかけたが、私はその後も三十
分間ほど診察室にいた。
 立ち上がろうとしつつ、志村けんの死亡に関する医学的見解を問うたら、
その話題を歓迎してくれたようで、二月に済生会有田病院で医師を含む院
内感染が発生したが見事に三週間で封じ込めた和歌山モデルの話、さらに
はマスクの話へと会話が発展。
 すると、医者は、私のようなアレルギー患者は花粉の季節にはマスクを
した方がいいんだけどと言ったあと、マスクの箱からひょいと一枚取って、
私にくれた。
 大切な一枚。
 私は毎回、マスクの内側にガーゼのハンカチを折り畳んで入れ、三週間
ほど使い続けた。
 でも、そろそろ、マスクを買いたい。
 ついに家電量販店で見つかった。
 そこは日常品も扱っているので、もしや、と店員に聞いたら、
「あっ、一つ残っていたはずです」
 素早く通路のワゴンに走り寄ってくれたのは、僅差でほかの客の手に渡
らないようにしてくれたのだろう。
 五十枚入り、三千八百二十八円。
 あとで調べたら、やはり、新型コロナ前にはあり得なかった値段だとわ
かったが、供給の安定が目に見えるまでは高値づかみも致し方ない。
 フランスは来週から外出禁止が解除になるが、公共の場でのマスクは必
須。
 友人が布でマスクを手作りしていると写真を送ってくれた。初めに参考
にした型紙だと小さくて、AFNORの型紙を入手したらいいのができるよう
になった、という。 
 フランスの規格協会、AFNORの型紙で作ったマスクは、なるほど顎まで
しっかりカバー。 
 日本の平成二十年の新型インフルエンザ専門会議の資料には、マスクで
「鼻、口、顎を覆う」
 と図入りで説明されていて、医学的に同じ考え方だ。
 基準が変わったのか。
 だって、安倍首相がしているのは、ちっちゃくて、完全に顎が出るマス
ク。
 いつかは届くらしい政府のマスクも、それなのかなあ。