蛙化現象に模するなら

 私は全国交通ICカードを三枚持っている。
 PasmoSuicaICOCA
 一枚は母がどこかで拾い、あとの二枚は東京在住のフランス人が帰国する
時くれたのだと思う。
 どれも無記名式だ。
 私自身は定期になっているのを拾ったことがあり、それは届けたので、ち
ゃんと持ち主の元に戻ったはず。
 私がPasmoを使っているのは、単純にカードのデザインが一番好きだった
から。
 この五月に来たフランス人には、来日前に交通ICカードがあると便利だ
と伝えたいと思い、フランス語で紹介したページなどを探したら、Welcome
Suicaなる物の存在を知った。五百円の保証金は不要。二十八日間の有効期
間。なので短期旅行の外国人向け。
 ところが、会ったら、私と同じPasmoを持っている。それが一番手っ取
り早く買えるカードだったらしい。彼女が意図してそれを選んだのではない
とわかっても、同じということで、同じ趣味の相手に出会ったみたいな感覚
になった。
 雨の夜、夕食を食べ終え、帰る時、預けてあった傘を店の人が出してきて
くれたら、どちらも透明のビニール傘で、私のは取っ手に赤いリボンを三重
巻き、彼女のは赤いリボンを一重巻き。彼女がどこでそんなリボンを調達し
たのか不思議だったが、似た発想による似た結果に似たもの同士の匂いを感
じたものだった。
 歩く速度も同じだったし。
 初対面だが、話が尽きることはなかった。
 帰国したらまたMessengerで話しましょうと彼女は書いてきたが、短いメ
ッセージのやりとりのみで、今に至るまで電話の日時の約束という話は出て
いない。
 それでいい。
 と言うのは、
「あなたのおかげで旅が楽しい」
 と言われた時、
「だったら、私達の仲介役となってくれた私の友達に感謝よね」
 と私は答えたけれど、帰国した彼女に、私の友達の方からメールを送った
が梨の礫だと聞かされているからだ。
 仲介してくれた友にひと言礼を伝え、旅の話をちらっとしてもいいだろう
に。
 すると、たいしたことはないと私自身に言い聞かせていた記憶が蘇ってき
た。
 私が立ち止まって誰かと話すのは、彼女が行きたがっている場所への道順
を聞くためなのに、その時間が惜しいみたいな態度をされたこととか、トイ
レの清掃は一時間半前だった、と壁に貼られた表を見て感心したら、もっと
頻繁にするべきだと言われたこととか。
 会っている時は気が合うと思ったけれど。
 蛙化現象に模するなら、これは何現象。