Zoom写りの良い服

 時は進む。
 後戻りできない。
 私達はそんなふうにできている。
 早く終焉してほしいと希求するようなことが起こった時、そう望むのは
当たり前だが、終焉後、終焉以前と同じ状況に戻れると信じるのは浅はか
だ。
 元に戻ったように見えても、そう見えるだけ。
 たとえば、きのうと寸分違わぬ今日であったと感じても、肉体は一日分
しっかり老い、変化は起きた。
 変化せずして時は経たない。
 その変化を認識できるか。認識した場合は、心が弾むか落ち込むか。そ
ういうことだ。
 北九州市と東京都で再び感染者が増え、二十人を超えたとか。新型コロ
ナウイルス後の生活が始まったと言うには早すぎるようである。
 が、近くのデパートが全館再開されたので、行った。
 人工的な建造物や人がひしめき合う都会より大自然が好きな私なのに。
矛盾だなあ。
 馴染みのブランドショップを覗く。
 客はいない。
 もっとも、フロア全体が閑散としている。
 猫のように静かに歩く私の気配を感じた店長が、確認していた在庫表を
閉じ、近づいてきた。
 店長は、自分の手が空いていても、私の顔を見ると、一人の店員がまる
で私の専属みたいに、
「今、昼休みで、もうすぐ戻ってきます」
 などと言うのが常だった。
 その店員は私がその店で初めて買った時に担当してくれ、若干の馴れ馴
れしさはあるが、私に似合わないと思ったらちゃんと意見を述べてくれる
ので、彼女に接客されるのは嫌ではない。それを店長は機敏に見抜いてい
たのかもしれない。
 が、この日、店長は、その店員は実は派遣で四月末で契約終了になった、
と語った。
 四月の半ばにデパートが再開するという話があったが、立ち消えになり、
店長もその人と会えぬまま別れになったとか。
 私は店長とひとしきりお喋りすると、店を出た。
 家での仕事になり、Zoomの時は、画面上の私の、それも画面に映る上半
身だけ綺麗に見えればいいと考えると、外出するのであれば着心地や生地
感の面から却下し、箪笥の肥やしになっていた服達が、急浮上。画面に映
る時の色やシルエットを理由に、突然、日の目を見るようになっていた。
 長年見捨てられていたが、予期せず大輪の打ち上げ花火になってくれた
と思うと、最後の花道。これで心置きなく手放せそうだ。
 新型コロナウイルスのおかげの小さき変化。
 あ、そうそう。
 十万円の特別定額給付金の申込書は先週の土曜日、マスクはきのう届い
た。
 明日で五月が終わる。