緑の財布

 昔、友達が綺麗なエメラルドグリーンの財布をくれた。
 二つ折りで、花びらのアップリケが二つ。
 好きだった。
 今回、風水占いが勧める緑を好きじゃないと思ったのは、黒と同列の緑
なら、暗がりで黒みたいに見える濃い色のはずだから。
 そういう緑も黒の財布も、バッグの内側が黒っぽいと、バッグを開けた
時、一瞬、戸惑う。それで好きじゃないのだ。
 でも、緑は去年の流行色なので、緑を買うなら絶好のチャンスかも。
 ちょうど、使っているピンクの長財布にペンか何かの線が付いて、気に
なるので、買い換えることにした。
 そのピンクの後継は濃い緑だった。
 同じ色だが、革はつるんとしたのと押し型のコンビで、蓋の内側のカー
ド入れが一段少なく、本体側のは二段目と三段目が革ではない別の品番も
ある。
 ブランドのサイトで不明瞭だった違いを電話で問い合わせた時、それは
四十パーセント引きになったと教えてくれた。
 在庫は三つ。
 私が行けるのは早くて三日後。
 売り切れていたらピンクの後継を買おう。ピンクの前は、同じ仕様の黒
を持っていたから、三代目になる。それでもいい。
 けど、私が買いに行く日、私が着く直前に来た客で売り切れたりしたら
諦めがつかないから、朝一の到着を目指した。
 が、デパートに着いたら十一時過ぎ。
 売り場にセールの表示がない。
 目当ての長財布もない。
 品番を告げたら、下の扉の中から出してきてくれた。
 セール品を隠しておくって、なぜ。
 解せないが、私がそれを買うことになったら、客の手垢にまみれていな
いから、嬉しい。
「どう思います」
 私はこの言葉を、電話に応対してくれた店員にも言った。
 その彼女も、目の前の彼女も、セール価格の方を勧めた。
「なぜ」
「値段が下がったのは製造が終了したからで、そういう意味で、こちらの
方が希少価値が出ますし」
 おお。そう考えることもできるのか。
「じゃあ、これにします」
 実は、その朝、ピンポイントでそれを指定して買いに来た客が二人いて、
その中に私はいたのかと、店員同士の話題にのぼっていたらしい。
 私の電話に応対してくれた店員は休みだが、話は伝わっていたのだ。
「それは私です」
 じゃあ、私のために取り置いてくれたのかな。
 いい気なことを思った。
 でも、そうか。
 風水占いを信じて緑を求める人は、何千、何万人かに一人ぐらいはいて
も当然か。
 安けりゃ、なお良い。
 最後の一つが買えてよかった。