褒められた時

 マスクをせずに家を出た。
 マスク姿の人達とすれ違っても気づかず、口元がスースーするなあ、
「口紅、塗ったっけ」
 と思った時にようやく気がついた。
 時間があったので家に取りに戻ったけれど、落ち込んだ。
 だが、自分のミスは、悔やんだら、終了する。
 一方、自分自身に関して人から何か言われた時は、そうはいかない。
 近くの百貨店に催事を見に行った時、
「間違えて先週来たんですよ」
 顔見知りの店員に話したら、
「えっ、そんな風には見えないのに」
 と言われた時がそうだった。
 素のままでいたら、私はポカを連発。
 そうなってから挽回するのは無駄に手間暇かかるので、そうならないよ
う常に神経を張り巡らせている。
 その成果がしっかり者の私という見た目を作っているとしたら、悪い気
はしないが、水面下の頑張りもわかってほしい気持ちがあって、複雑。
 大雨警報が出た日。
 雨のしぶきで足もとが濡れるのは嫌だなあ。
 そうだ、ウォーキング用の速乾素材のパンツにしよう。
 黒なので、普通のパンツと思ってもらえるだろう。
 シルエットがもっさくて、内心、びくびくだけど。
 と、私を見た途端、二人の女性が、
「わっ、素敵」
 黒白の縦ストライプ柄で、ふわっとした素材のノースリーブを褒めてく
れた。
 ださいパンツは注目されずに済んだけれど、困惑。
 別の日。
 同じ組み合わせで行ったら、別の女性が、
「わー、涼しそう」
 私の腕は立派に丸太ん棒だが、付け根から肘までほぼ均一の太さなので、
ノースリーブでも腕が悪目立ちしないという自己判断はしていた。
 それでも、やっぱり困惑。
 ほかのノースリーブを褒められたことはないので、彼女は、このブラウ
スを褒めるのにノースリーブである点を取り上げることにしたのだろう。
 女は、滅多なことでは女を褒めない。
 このブラウスは、彼女達の美意識に合致したので、彼女達の口から褒め
言葉を引き出したらしい。
 普段の華やかな色合いの服を一度も褒められたことがないことを思うと、
こういうシックな路線にしたら、と仄めかされたということはあるだろう

か。
 考えすぎか。
 本人達に聞くのが一番。
 しかし、思わず口を突いて出る言葉は本音でも、その説明を求めた時に
返ってくる言葉は社交性を帯びる。
 だから聞かない。
 すると不明は解消されなくて、もやもや・・・。
 服を褒められただけなのに、いろいろ想像して、心を疲れさせる。
 馬鹿だね、私。