優しい車掌さん

 いつも乗る駅、降りる駅。
 決まっていたら、寝ていても、ちゃんと目が覚める。
 たまに、扉が閉まる寸前に目が覚め、走り降りる人がいるけれど、あわ
やと言うところで目を覚まさせてくれるのだから、身体の時間感覚は、す
ごい。
 けど、いつもは降りない駅まで寝た時も、なぜか直前に目が覚めてくれ
る。
 寝ていても、この駅で降りるのだ、という駅名に、耳が反応してくれる
のかなあ。
 用事を済ませた帰りに途中下車し、別の用事を済ませることにした。
 目的地へは後ろの改札口が近いので、後ろから二つ目の車両に乗る。
 前夜、仕事で帰宅が遅く、寝たのは深夜を大きく回ってからだったせい
か、車内に差し込む明るい日差しは子守歌のごとし。
 目をつぶった。
 と、
「扉が閉まります」
 のアナウンスに飛び起きた。
 深く寝入っていたのか、身体は、誰もいない横の座席の方まで大きく傾
いている。
 窓の外の駅名表示は、降りる駅だ。
 飛び降りる。
 あれ・・・。
 何か忘れている気がして、周りをきょろきょろ。
 そうだ。
 私は手提げバッグを二つ持っていて、一つは腕を通していたので持って
いるが、もう一つが、ない。
 慌てて、車両に逆戻り。
 あった。
 これはもう、次の駅で引き返すしかないな。
 が、扉は閉まらない。
 再度、走り降りた。
 ついていた。
 ところが、改札口を出たら、見知らぬ光景である。
 標識の指示どおりに地上に上がるが、標識のUの印が示す道がわからず、
改札口に逆戻り。再度地上に出て、人に尋ねた。
 そこからだと、私が行きたい所の裏門に至るらしい。
 ・・・あっ!
 後ろではなく前の改札口から降りるべきを、私は勘違いしていたのだ。
 馬鹿だなあ。
 でも、電車を乗り過ごさなかったし、際どいところで手提げバッグを置
き忘れずに済んだ。
 それを思えば、少し余分に歩くぐらい、どうってことない。
 けど、どうして、私がバッグを取りに戻り、再び降りるまでの時間の猶
予があったのだろう・・・。
 あっ。
 何か忘れているみたいだと困惑してキョロキョロする私。
 慌てて車両に戻る私。
 そんな私を、最後尾の車掌が見ていて、扉を閉める操作を少し待ってく
れたのではないか。
 その車両に乗ったのは間違いだった。でも、そのおかげで、その車掌の
親切に救われることになった。
 本当についていたんだなあ、私。
 お礼を言えなかったけど、あの時の車掌さん、ありがとうございました。