特注メニュー

 スリムなボディ、かつ、大半の日本男性を眼下に見下ろす身長の二十
二歳、アメリカ娘。
 それでも、大阪地下鉄で周囲の乗客とからだが密着する状況はストレ
スだったらしく、
「頭が痛い。もう帰る」
 と言い出し、彼女の母親が、
「じゃあ、残念だけど、まっすぐ帰りましょう」
 と応じたのは、しごくまっとうだったと思う。
 ところが、娘は、
「誰も、食べないで帰るとは言っていないでしょ」
 ふくれっ面で言うから、
「言ってることがムチャクチャやん」
 私は呆れると同時にがっかり。
 夕食の問題がまた浮上するからだ。
 それにしても、なんで、この娘は母親に対してこうも横柄なのか。
 たぶん、これが彼女の普通。
 私という初対面の外国人がいても取り繕う気はないようで、ある意味、
あっぱれではある。
 もっとも、母親は母親で、朝、私が宿舎に行って十分と経たないうち
に、その娘は最初の結婚でできた四番目の子供で、今の夫と気が合わず、
「夫が先に帰国するまで数日間、一緒だったけど、やっぱり最悪だった
わ」
 聞きもしないのに打ち明けてくれた。
 こういうあけすけさがアメリカ流?
 そう言えば、万博記念公園で彼女と出会い、私が「ウィ」とあいづち
を打って、フランス語で会話することになった時、
「私はベルギーで生まれたの」
 彼女はフランス語を話せる理由を語ってから、続けた。
「姉がナチに殺されて、一家でイスラエルに移住し、私は大学に行くた
めにアメリカに渡って、そのままずっとアメリカに住んでいる」
 彼女の言葉をちゃんと理解していれば、彼女の宗教はたやすく推測で
きただろう。
 彼女と一緒にいた二人目の夫はアングロサクソン顔ではなかったから、
同じ宗教の者同士の結婚だったんだな。ならば、最初の結婚相手もそう
だったはず、と確信を持って予想することだって。
 けど、私は、彼女のために湯河原の日本旅館に食事内容を交渉した時
点でも、なんとも意固地なベジタリアン、とトンチンカンなことを思っ
ていた。
 さて、私は、梅田で降りようと提案した。
 難波より梅田の方がよく知っている。
 地下鉄に直結したデパートのレストラン街に行こう。
 デパートやホテルなら、宗教のせいの食材変更に応じてくれるのでは
ないか。
 彼女達は和食レストランを選んだ。
 席に荷物を置き、入口外のメニュー・サンプルを見に戻る。
 私は黒服の男性に来てもらった。
 決断の早いアメリカ娘はマグロ丼を指差し、
「マグロをサーモンにしてほしい」
 早速、メニュー変更の注文を開始した。