幸せな人は意地悪しない

 以前から昼休みの場に置けるいじめにも似た「軽い無視」に耐えてい
た私だが、ついに、完全に足抜けすることにした。
 一緒にいるのはかまわないけど、それだけにしてね。
 そう言いたげなお局ボスの振る舞いと、それに迎合する面々の空気に
屈したからではない。うとまれていると気づいてからは、そこをメイン
の場とするのはやめていたのである。
 ところが、最年長の女性が話題についていけなくて「何のこと?」と
聞いたら、それを無視して、みんなの笑いがさらに高まり、それではま
ずかろうと横に座っていた心優しい一人が小声で説明し始めると、すか
さずボスが名指しで話しかけ、説明できないようにしたのだとか。
 別の日には、三十半ばを過ぎて初婚に至ったメンバー宅に、週末集う
打ち合わせで盛り上がったが、彼女は招待されていなかった。
「私がいてもいなくても関係ないのよね」と言わせてしまう露骨さは、
私に対する以上ではないか。でも、なんで?
 たぶん、アレだな。まだ私が常連だった頃、ボスが遠距離通勤の暇つ
ぶしに「i podでも買おうかしら」と発言したら、彼女が「補聴器と間
違えられるかも」と口を挟んだ。綾小路きみまろを真似て気の利いた冗
談を言ったつもりが、地雷を踏んでしまったことは、ボスの「ええーっ。
それはないんじゃないですか」と笑顔ながらも硬い口調が露呈している。
事実、その日を境に、ボスの彼女への対応が変化した。
 でも、太っ腹な姉御を気取っているなら、ああ、口が滑ったのね、で
許してあげればいいのに。
 それができない。
 わかるわあ。仕事で必要な情報を聞いても、とぼけて教えてくれない
ことなんかも、そうやって自分の存在価値を高めたいからなんでしょう。
ところが、下手(したて)に出てあなたに取り入る代わりに、他のルー
トをたどって結果を出してしまう私。好かれるはずないか。
 だけど、そういう私に聞く必要が生じると、素直に聞けなくて、あい
だに人を介するような手段に出るのよね。そんなことしなくても、知っ
てることはぜ〜んぶ教えてあげるのに。仕事なんだもの。
 そう言えば、江原啓之が素敵な言葉を書いていたなあ。
「幸せな人は意地悪しない」。
 頑張ろう。