食べ過ぎた

 自分向きのダイエット法に出会ったら、どうなるか。
 私は、安心して食べる量が増えた。
 黒酢ダイエット。もともと酢の系統は好きでりんご酢のお湯割りを常
飲していたのだが、黒酢は初めて。独特の味を舌が嫌がり、蜂蜜を入れ
たら味がまろやかになると書いてあったのでやってみたが、酢の味を消
し去るほどでは、ダイエットどころか糖分過多になってしまう。「なぜ
に飲めない!」と脳に直談判して、飲めるようになった。 
 すると、食事の最後にゃ黒酢がある、と気が大きくなったものか、一
ヶ月の予定で買ったチョコレートを一週間で食べ切るような日々が始ま
った。コーヒーはお茶代わりの頻度である。
 そして、朝、起きがけにチョコレートをひとつつまんだら、胃が音を
上げた。
 前日の夕食は、牡蠣フライとクリームコロッケがメインで、すでに高
カロリー。そこに日頃しない御飯のお代りをし、食後はブランデー入り
牛乳に、チョコレートを二つ三つ……。いくら黒酢でも、そこまでの消
化能力はあり得なかったか。
 でも、空腹で目覚めたのが、朝一でチョコに手が出た理由なんだけど。
 子供の頃、私達が夕食を済ませたところに父が帰宅し、「これから寿
司屋に行く!」と言い出すと、すぐに胃散を飲まされた。胃散を飲むの
が過食の準備だなんて理屈に合わないと思うのだが、それを常識として
育ったのなら、眉唾でもプラシーボ効果でもいいから、一服飲んでおけ
ばよかったかも、と思うが、後の祭り。
 昼休みに、パンをたった一切れ余分に食べて「う、う、胃が苦しい…」
と横になる同僚を、なんか芝居がかっているなあと醒めた目で見てしま
うのは、共感できる繊細な胃を持ち合わせていないせい。しかし、そん
な私自身が胃を悪くしたら、この世の終わりのごとき憂鬱である。
 お腹が空くべき時間に空かない。その異常が不安だ。
 と、スーパーで梅干しが目に入り、どうして、すぐに思い付かなかっ
たのか、それでも日本人か、と深く恥じた。
 死ぬ前に何が食べたいかは考える度に答えが変わり、まだ決めかねて
いるが、案外、美味しい御飯と梅干しというのもありかも。
 死ぬ前まで食い意地が張るとは思えないもの。
 ということは、私は、病死か老衰の予定なんだ。