アメリカ国籍の初老の女性と、彼女の二十二歳の娘と一緒に京都に行
く予定の日。彼女達の代わりに湯河原の日本旅館に電話したのは、食事
の交渉をするため。
肉は食べない。
シーフードはOK。魚は食べられるが、蛸、イカ、貝などは駄目。
そういうのはシーフードOKと言わないんじゃないの。
心の中で私。
ま、私には関係ないんだけど。
んなわけなかった。
魚介類がいいというので昼食にイタリア・レストランに入り、娘と私
はトマトと茄子の冷製パスタ、母親の方は野菜のドリアを頼んだ。
日本は、写真入りのメニューがあるから便利。
でも、念のため、ウェイトレスにドリアの中の食材を列挙してもらう。
肉はなし。
アメリカ人は納得して注文。
ところが、運ばれてきたドリアの上に、細切れベーコン。
「・・・」
いささか薹(とう)の立った女性がフロア・マネージャーだろうと見
当をつけ、手招きし、
「注文する時、野菜だけだと確認したんですが。彼女達、宗教上の理由
で、肉は食べられないんですよね」
皿は取り下げられた。
あんなにしつこく確認して注文したのだから、ベーコンを取り除いて
同じ皿を持って来るような魂胆では困りますからね。ベーコンの匂いと
味は野菜に移るから、そんなことをしてもばれるし。
同様のことはアメリカ人も考えたようで、
「肉だけ取り除いて持って来るレストランは多いのよ」
でも、それからかなり待たされたから、一から作り直してくれたのだ
ろう。感謝である。
だけどさあ。
肉が駄目なら、さりげなく皿の隅によけて食べればいいんじゃないの。
肉に唇が触れただけでも呼吸が止まって死ぬ、なんて体質でないのなら。
この調子だと、彼女達との夕食はどうなるのか。
だいたい、どこに連れて行けばいい。
京都をやめて大阪に行くことも予想して、大阪の安くて美味しい店の
ガイドブックを持って来たけど、もはや無用の長物。
それでも、彼女達の意に添うレストランを見つけねばならない。
名案はない。
海遊館のあと、大観覧車も楽しんで、
「店がいろいろあったから、難波で夕食にしましょう」
とアメリカ人。
すると、帰宅ラッシュの地下鉄の人混みに不機嫌になったらしい娘が、
「頭が痛い。もう帰る」
「えっ、そうなの。キクに夕食をご馳走したかったのに」
「誰も、食べないで帰るとは言っていないでしょ」
地下鉄の中で、母と娘の会話は噛み合わない。
そういう会話にも聞き耳を立て、二人を満足させる知恵を絞る。
それも同行者の役目なのかなあ。