好きが高じて

 初めてフランスに住んだ時、人々の言葉がジュビジュビ、シュワシュ
ワ、としか聞えなかった。
 だが、この言語で大人の男女が囁き合うと、とてもロマンティックに
聞える。フランス映画といえば大人の恋愛、というのはそういう理由も
ありそうだ。
 ところが、同じフランス語でも、私はカリブ海出身の'80年代歌手グ
ループ、ラ・コンパニー・クレオールに惹かれてしまい、なぜなんだ、
と自分でも思うが、フランスはカリブに開眼するための通過点だったの
かもしれない。
 パリ在住中に風邪を引き、ニホン人の知人に紹介された一般医に行っ
たら、初診というので小一時間ほどかけて過去の病歴を問われたのには
感激させられた。後日からだに異変が生じて行ったら、本棚から本を取
り出し、カラー写真のページを開いて、
「この症状ですね。専門医を紹介するから行ってください」

 午後に専門医を訪れると、大病院に行くよう指示され、そこで即入院
と相成り、素晴らしきはフランスの医療体制。
 と思っていたら、フランスの友人達から聞えてくる話は、たとえば眼
科の開業医の予約は、二、三ヶ月待ちはざらだとか、持病の専門医の予
約も然り。なのに医者は悠然とバカンスを取る。
 そんな悠長なことを言っていられない緊急時はどうするのかと問うと、
「そういう時のための救急病院」
 と言われたが、救急病院に駆け込んだ経験のある友人は、
「軽い症状だからと二日間放置された。二度と行かない」
 ときっぱり。
 そう言えば、救急病院で待つあいだに死亡した人のことが、つい先日
報道されていたなあ。
 住むならニホンだな。
 ただ、ニホンの医者は忙しすぎ、そのせいでミスしたりしないのかと
不安になるのは事実だ。
 フランス人は医者の人権を尊重して医者のバカンス休暇を当然と受け
止めるが、ニホン人には理解不能かも。その代わり、フランスに三分診
療はない。
 国民性の違いが、異なる現実を生み出すのである。
「とにかく人生、楽しもうぜィ」
 という強烈なメッセージを感じるラ・コンパニー・クレオールの歌か
ら、彼らの国は明るく陽気な人間賛歌の国なのだろうと勝手に憧れるけ
れど、旅行だと、見たいように見て、満足して終わるだろう。それでは、
どうして、ああいう、ニホン人の私が青ざめるような突き抜けた楽観の
歌詞が生まれるのかまでは読み解けない。
 だから私は、どうせなら住みたい。それもニホン人としての先入観な
しに、つまりその国に生まれついて、と夢想するわけだった。