母乳と母親失格

 母乳が足りないのなら、粉ミルクを足せばいい。
 目が悪いのなら眼鏡をかければいい、というのと同様、実に合理的な
判断だと思うのだが、そんな風に擁護しようとすると、当の相手が、
「一所懸命食べて母乳が出るよう努力しているのに、水を差された」
 と反撥する場合もあるそうなので、不用意に発言できない。
 母乳が出ないと弱音を書いてきた友に、完全母乳にこだわらなくても、
と伝えたいが、安直な同情や努力放棄を勧めるのではないとわかっても
らうべく、完全母乳の意外な弱点に関する医学的データを添付した。
 ビタミンDの欠乏で、くる病を発症しやすいと私は知っていたのだ。
 くる病って何。
 高齢の女性の中に、スカートの横幅がぱんぱんに張るぐらい膝が左右
に開いていて、でも、足先はほぼ中央で揃う人がいる。そういうのがく
る病の代表的な症例になることも、調べて知っていた。
 しかし、友のためにもう少し真剣に調べて、青ざめた。
 ビタミンD欠乏で痙攣が起こるし、母乳の量が足りなくても栄養不足
や脱水状態ゆえに低血糖となり、やっぱり痙攣が起こったり脳障害が起
きる場合があるとわかったからだ。
 生後三週間足らずで痙攣を起こした友の息子。
 大病院でいろいろ調べてもらったが、原因が特定できない不安のまま、
友は帰された。
 医療関係者は、どうして、最後にひと言、
「もしかして母乳だけですか、それだったら」
 と、念のために粉ミルクを勧めてくれなかったんだろう。
 完全母乳に弱点はない、という立場の世界だったのかなあ。
 友は、即、粉ミルクも併用し始めたが、もし、息子の痙攣という事実
がなかったら、それでも聞く耳を持ってくれたかなあ。
 母乳であると偽って混ぜ物を売っていたニュースが話題になった際、
知り合いの女性が、
「私はお酒が飲みたかったから、半年ぐらいでミルクに切り替えたわ」
 と言ってカラカラ笑い、私は、ああ、いいなあ、と頷いた。
 妊娠中の酒・煙草は、直接その影響がお腹の子にいくため母親は縛り
を受けざるを得ないが、生まれたあとなら、私はお酒が飲みたいから母
乳を止める、というのは一つの選択肢として許せる。母乳が出ない、と
いう物理的な理由があるなら、なおさらだろう。
 良質の母乳がふんだんに出る人は、そう生まれついてラッキーだった。
 けど、それを錦の御旗(にしきのみはた)に、そうでない人の母性が
劣るように見下すのは、無関係の私の目にも、立派にいじめだと見える。
 努力でなんとかできる問題ではないんだもの。