仕事が多忙でストレスかと医者は問う

 歯医者で「マウスピース」の二代目を制作してもらっている最中であ
る。昔からこの呼び名だったが、「マウスガード」を広めたいという時
代の意図があるのか、近頃は、こちらの言葉の方をよく耳にする。
 起きていれば意識的に手加減するのが人間だが、寝てしまうと、その
機能も眠りにつくため、歯ぎしりしたり歯を食いしばる癖のある人は止
めどなく力を入れて歯を痛め、歯茎にダメージを与えてしまうという。
その防止策として有効なのがマウスピース。映画『シンデレラマン』で
リング上の主人公のボクサーの口から飛び出したのと似たような装置を
上の歯に嵌めて寝る。
 目覚めた時に「何も、そこまで歯を食いしばらなくても」と苦笑した
くなるようなことが二度ほどあり、歯そのものに異常は見つからなくて
も疼く感じが消えないのはそのせいなのでは、と思い、マウスピースを
試してみたい気持ちがあった。が、当時通っていた歯医者は勧めてくれ
ない。良いように解釈すれば、ベッドの中でロマンティックじゃないで
しょう、という美意識によるものか。
 ま、真偽のほどはさておき、今通っている歯医者には着用を提案され
た。
 前の所は、一つのブースに歯医者が一人の完全予約制で、レントゲン
撮影の隙を縫って他の患者を診たりせず、一人一人の患者を大切にする
姿勢に好感が持てた。しかし、引っ越してからは、わざわざそこに通う
のが面倒になってくる。
 今度の所は典型的な個人経営の開業医で、複数の患者のあいだを蝶の
ように飛び交う効率優先が見え見えの診察方法が気に喰わないが、新し
いと設備も最新だし、早々にマウスピースも勧めてくれたこともあり、
今では本格的にこちらの患者になっている。
 去年の11月にマウスピースを作ってから、毎月一回それを持ってゆ
くのだが、私は歯ぎしりの威力も恐ろしいほどらしく、キリキリとマウ
スピースが削り取られた場所を医者が丹念にならしてくれる。先日は、
その前に、「学会で発表させてもらおう」と呟くと、やおら写真を撮ら
れた。思わず肖像権という言葉が頭の隅をよぎったが、マウスピースに
そんなものはないか、と黙って見過ごした。
 しかし、それほど見事な「歯ぎしりっぷり」だからだろうか。一周年
を迎える前に、二代目が必要になってしまった。なんせ、あちこちに穴
まであいていて、瀕死状態なのだ。
 出来上がりは二週間後。早く手に入れたいが、一つ心配事がある。
 まさか一代目を記念にほしい、とは言われないわよね。これだって、
私の貴重な作品なんだゾ。