父性の出番

 町の文具店で金ペンを買おうと選んでいる時、「何か買ってほしいも
ん、ないのん。なんでもいいから言いや」という声がして、見ると、お
ばあさんと小学生の女の子。
 おばあさんは、たまにしか会わない孫に、何でも好きな物を買ってや
るという凝縮した方法でしか愛情を表わす術がないのだろう。そう言わ
れたら、女の子は、今、買ってもらわなければ損だという気持ちで、絶
対、何か探し出してくる。
 哀しいなあ。私は思った。
「お金に愛情を込めることはできます」という生命保険のコマーシャル
があったが、本当は、やっぱり、お金より時間だ。
 限りある時間を、愛する人のために割く。だからこそ、その愛情は相
手の心に真っ直ぐ届く。「愛は時間で計れます」に例外はないのである。
 そう言えば、少し前、女性週刊誌に島田紳助のインタビュー記事が載
っていて、娘が学生の時にCDか何かを買ってほしいと言うと、「いと
しい娘よ。だからこそ買ってやるわけにはいかん」と突き放し、娘が昼
ご飯のお金を工面して一ヶ月後にCDを手に入れたので、どんな気分か
と訊ねると、「めっちゃ嬉しい」と笑顔が返ってきたそうな。
 紳助は一人っ子で、何でも買い与えてくれる親に、子である自分が
「それは違うやろ」と感じ、何でも買ってもらえる不幸を知っていたの
だ。
 娘がいじめに遭った時は、彼自身がいじめ解決に乗り出し、あとで担
任から気づかなかったことを謝られると、「子供のことは、親にしかわ
からないのです」と言ったとか。
 思わず、私は「でしょ? でしょ!」
 いじめ自殺があったりすると、学校側が保護者から一方的に責任を問
い詰められる報道しかなされず、「親が子供の変化に一番最初に気づく」
という当たり前のことをすっ飛ばす親ばかりなのかと呆れそうになるけ
れど、きっと、現場では、「まずは自分達、親が気づくべき。でも、子
供が親の前でわざと明るく振る舞うこともあるから、学校側にも気配り
を頼みたい」というような、まっとうな意見が出ているのであろう----
そう信じたい。
 ところで、紳助は、子供のおむつと風呂の世話は一切しなかったらし
く、これには反撥しかけたが、男親が子供にすべきことはそういうこと
ではないという意見に、あっさり説得された。
 なるほど、妻のおむつや風呂の世話をする必然が訪れた時に、できれ
ばいいことである。
 だけど。
 子供がおむつの時期に、どんな父性の出番があるんだろ。