ジーサン、臭い

 個人的に英語を教えている小六の女の子は一人っ子で、三年ほど前ま
で、
「私がおむつとか全部面倒見るから、赤ちゃんを産んでっておかあさん
に頼んでるんだけど」
 としきりに言っていたが、この夏、彼女の家に、赤ちゃんならぬおじ
いちゃんが来た。
 おじいちゃんは九州在住。近くに次男一家がいるが、夏に入院した際
には、長男の嫁であるその子の母親が看病に呼ばれ、退院後、彼女のア
パートに住みに来たらしい。
 ちょうどその頃から母親が着物の着付けのパートに出始めたため、家
でおじいちゃんと一番長く顔を突き合わせるのは彼女ということに。
「アパートに近づいたら、大きな音でテレビをかけているのが聞こえて
きて、恥ずかしい」
 と言っていたのは、ドアを閉める季節になって問題が自然消滅したが、
いないあいだに勝手に教科書やノートを動かされて見つからない事態は
続行中で、
「学校も、友達といろいろあるけど、まだその方がいい」
 人生はどこかに逃げ場があるといいんだよ。それが学校でよかったね。
 おじいちゃんは、一ヶ月に一度、九州に帰る。
「お金があるんだなあ。でも、何も買ってくれない」
 おいおい、そう論理展開するのかい。
 誕生日のプレゼントは、
「別に何もいらない。普段から、おかあさんがいろいろ買ってくれるか
ら」
 と一人っ子ならではの甘やかされ方を自覚して、ひそかに抵抗する気
概を見せていた君なのにサ。
 あ!
“お金のあるおじいちゃん”は “私のために日頃からお金を散財して
くれる両親”とは別っていう認識なのかな。
 ・・・だったら、鋭い。
 さて、そんな彼女が、今、おじいちゃんで一番困っているのは、にお
い。
「お風呂に毎日入らないからかもしれないけれど、臭い」。
「歳を取るとそうなるのよ」
 いつかは行く道かも、と想像力が働く程度に大人の私は、つい、たし
なめる言葉が出る。
 けど、ある日。
 スーパーの歯磨き粉売り場で、最下段の商品の中から選ぼうとしゃが
んでいたら、右側に人影。
 高齢男性。
 動かない。
 気になって見上げると、
「それ」
 私の左側を指差す。
 あんさん。そんな言葉足らずで、私にどうさせたいの。だいたい、私
の後ろを回れば済む話じゃん。
 私は、憮然としてからだを引いた。
 目の前を横切り、伸ばされる手。
 途端に、鼻がもげそうになった。
 強烈なるにおい。
 しばらく、消えない。
 これかあ。彼女が言っていたにおいって。
 これを我慢するのは、かなりの苦行かも。
 初めて、心の底から同情した。