ご褒美に、釣られない

 私が英語のレッスンを引き受けている保育園で、夕方、園長が、子供
を迎えに来た母親に応対したあと、屈託した表情なので、どうしたのか
訊ねると、母が子に、今日は遅くまで保育園で待っていてくれ、良い子
だったから、帰りに何か買ってあげると話していたが、「それでは、何
かをしたらご褒美がもらえると子供に学習させているようなもの。何か
を買ってもらえるなら、親の言うことを聞く、そうでないなら聞かない、
っていうことにもなりかねないじゃない」
 あっ。本当だわ。
 と感心していたら、やる気を起こすには、やる気を起こしたくなる仕
組み作りが大切、と説くコラムが目に飛び込んできた。〃コレができた
ら自分ご褒美〃作戦が効くそうだが、それって「良い子にしていたら、
好きな物、買ってあげる」の自分バージョンじゃん。
 初めはささやかなご褒美で満足できても、次第に要求がエスカレート
するだろうし、それに比して、今すべき事が、それ単独では楽しくない
思いがますます強まるけど、それはいいの?
 また、目標を達成する前から、ご褒美の前倒しネ、などと自分に甘く
なりそうなのは、昼間っから酒に溺れている人達も、初めは、一日の仕
事が終わったあとの一杯が楽しみ、だったんだろうなあ、と想像がつく
からなのだ。
 ご褒美は、自分が自分自身に振る舞うのでなく、人から与えられるの
がいいのかもしれない。それも、金品などではなくて、「君はすごい」
と言ってくれる言葉や笑顔。それで十分。と言うか、それが一番。
 Susan Boyle。スーザン・ボイル
 小太りで、身だしなみに無頓着な四十八歳間近の彼女が、イギリスの
オーディション番組で歌うと、早速、YouTubeでそのシーンが世界中に
配信され、またたく間に時の人となった。私も見て、心が洗われた。
 彼女が歌う前、誰もが彼女に嘲笑の眼差しを浴びせていた。それが、
彼女が歌い出すや否や、懐疑から驚き、賞賛へと会場の空気が一変。
 中でも、三人の審査員の表情が素晴らしい。
 耳の肥えた審査員があんなにも驚嘆させられている。それを見て、私
も、自信を持って彼女の美声に酔いしれる。子供が、親が笑っているの
を見て、安心して満面の笑みになるようなものだ。
 スーザン・ボイルは、さぞや幸せだっただろう。
 それにしても、心がそのまま表情に発露し、しかも、その表情の一つ
一つが実に魅力的な、かの国の人。
 今は、それが見たさに、そのYouTubeを見る私である。