読書は暇つぶし

 ああ、なんで。
 二種類の漢方薬を飲み始めて、アレルギー症状は治まっていたのに。
 最大呼吸流速(ピークフロー)メーターは、口よりひと回り小さい直
径の白い筒状の紙を口にくわえて息を吐くと、先端についた機械が息を
吐く速さを計測してくれる医療機器。数値が500にも達し、
「ほぉ。これだけあれば」
 医者に感心された。
 なのに、たった一晩、窓を開けて寝た、あるいはきつすぎる冷房に異
を唱えられなかった気弱さのせいなのか。
 咳が出て、声が掠れ、風邪を引いた。
 が、風邪薬を飲んでも良くならないどころか、鼻が詰まり、痰も出始
め、これってアレルギー症状じゃん。
「いつ、薬とさようならできるんでしょう」
 早くも完治を信じて質問したら、
「一回薬を止めてみましょうか。きっと、ぶり返すと思うけど」
 医者からにこっと言われ、
「えっ・・・。次の診察までにそうなったら、どうしたらいいですか」
「じゃあ、薬を、朝昼晩じゃなくて、朝晩にしてみましょうか」
 ということになっていて、一日二回の投薬でも大丈夫なら、一日一回、
最終的には薬は終了にできると、はやる気持ちで喜んでいた私だったの
だが。
 もしかして、窓を開けて寝たとか強すぎる冷房が原因じゃなくて、ア
レルギーの再発は、薬を減らしたせいなのだろうか。
 昼に飲む薬がないので、以前処方してもらい、まだ残っているアレグ
ラやニポラジンを飲んでみたりする。
 ところで、寝込むほどではないが、テレビは馬鹿馬鹿しくてうるさい
し、パソコンに向かうだけの気力はない時、人は、持てあます時間をど
う埋めるのだろう。
 一日の終わりに、あ〜あ、今日は有意義なことはなんにもしなかった
なあ、と思いたくはないのだ。
 私は、図書館から借りている本を手に取った。
 予約が多くてやっと入手できたが、パラパラッとページを繰り、言い
たいことはだいたいわかったと、そのまま返すつもりでいたけれど、ほ
かに読むべき本がないなら仕方ない。
 だが、読み始めたら、付箋を張る箇所が次々出てくる。
 ついには本屋に買いに行った。
 考えてみれば、読書は文字を追っていればいいのだから、完全に受け
身なのが楽ちん。
 ただし、筆者の言葉に触発されて反応する自分自身の心と対話するこ
とになる点は、すこぶる知的で活動的。
 その知的充足感があるおかげで、無意味な時間を過ごした空しさに襲
われない。
 まさしく理想の暇つぶしではないか。
 同意してくれるのは、読んで考えることが趣味な、偏向した少数派だ
けかなあ。