まず、夫婦から

 電車の中で、高校生女子が高校生男子の肩に頭をあずけて、うそ寝。
「一生続けられるといいね」
 心の中で呟いて、我ながら厭味、と思ったのは、日本では大人でそう
いうことをする人を見た試しがないからだ。
 フランスの新幹線で、二人がけシートに座った初老の男女が、周囲を
おもんぱかってひそひそ話。
 やがて、二人は眠った。
 シートの隙間から、夫の肩のくぼみに妻の頭、その上に夫の頭が寄り
かかっているのが見える。
 いいなあ。
 夫婦の変わらぬ愛が伝わってきて、私は思わず結婚に憧れた。
 でも、私達はフランス人ではない。
 子供が生まれて家族の形が決まったら、いちゃつき終了、それでよし、
と考える大人に育ちたい魂が、集中して日本に生まれにやって来ている
と見れば、別に問題はない。
 ではあるけれど、心は本当に満たされていますか、と聞きたい時はあ
る。
 テレビで、認知症の妻が、介護する夫に、
「抱いて。もっとギュッと」
 と言い、立ったまま夫にしがみつく姿を見た。
 夫は、
「しっかり抱きしめると安心するようです」
 と語り、私はようやく味方が見つかった気分で頷いた。
 新聞では、年金生活の節約術にと、妻に散髪を頼んだら、初めは嫌が
られたが、八年経った今、妻は腕が上がって満足そうだし、自分も、頭
をなでる妻の手のぬくもりが妻へのいとおしさを思い出させてくれて嬉
しい、という投稿。
 別の夫婦の妻の投稿は、子か孫に勧められて、夫が嫌がってもハグを
続けたら、ぎすぎすした会話が減り、笑顔が増えたという内容だった。
 ゴミ屋敷は、そこに住む住人が社会と接点をなくて孤立している精神
状態から生まれるとわかり、孤独に寄り添うことからゴミ屋敷解消に取
り組むある町の行政担当者が、住人の話に相づちを打ちつつ、相手の肩
に手を置いた。
 その一瞬の行為こそ、幾百万の言葉より相手の心を溶かしたであろう。
 手を繋ぐ。
 抱きしめ合う。
 心がふわっと温かくなる。
 セックスの序章なんかじゃない。少なくとも大抵の場合は。
 それを、そうとらえると、手を触れただけでもセクハラとかいう方向
に向かってしまうが、それでいいのか。
 ところが、初老の元アナウンサーと結婚した妻が、夫が転ばないよう、
介護も兼ねて夫と手を繋いで歩くのだが、
「いやらしい」
「いい歳をして、いちゃいちゃして」
 聞こえよがしに言われるそうで、絶句である。
 いちゃつきたいのに、いちゃつかないから、そんなことを言う。
 そんな不幸な夫婦が多いとしたら、悲しいなあ。