舌は筋肉

 歯ぎしりと歯の食いしばり対策のマウスピース。
 そのすり減り方は一様ではないので、定期的に歯医者に表面をならしても
らう。
 歯垢を取るなどの歯のメンテナンスは、歯科衛生士がしてくれる。
 いつも同じ人。
 そのおかげ、ということはないだろう。私のカルテからわかることは、ど
の歯科衛生士が見ても同じはずだから。
 それでも、担当の歯科衛生士に、私が不調を訴えるのは左側だけだ、と指
摘された時、彼女がずっと私のことを見てくれているから気づいてもらえた
のだ、という気はした。
 まずは小さいエプロンの紐を私の首の後ろで結びつつ、
「前回から変わりはありませんか」
 と彼女に聞かれ、不調があれば伝えると、歯医者はそこを重点的に診てく
れるが、特に何も見つからず、
「様子を見ましょう」
 と言われ、実際、その不調は長続きしないので、私もすぐに忘れる。
 そういうことが積み重なったある日、私の不調は左側のみ、と彼女に言わ
れたのだ。
「右手で歯ブラシを持つので、左側を磨く時、力が入る過ぎるのかもしれま
せん」
 腑に落ちた。
 が、
「口の中で、舌はどうなっていますか」
 と聞かれた時は面喰らった。
 その意図は、何。
 答える前に、私は常識を思った。
 常識とは、地球には重力があり、すべての物はそれが落ち着けるもっとも
下の場所に安定するものでしょ、という認識である。
 けど、私の舌は、なんか違う。
 私の舌は不正解なのか。
 そうではなかった。が、正解でもない。
 私の舌は、彼女曰く、
「今までより、ちょっと横に広がってきたように見えるんです」
 口の中で上顎にぺたりと広く張り付いているのが舌の理想的な状態。重力
に抗うのが舌らしい。
「あっ」
 少し前から、私は、舌の端を歯で噛んでしまったり、口の中いっぱいに舌
がゾウリムシのように広がっている感じを持つことがあったが、それらが、
この話で一本の線に繋がったのだ。
 いつか役に立つかも、と切り抜いてあった記事を思い出し、
「ウ・ン・パ・ベーとか、パ・タ・カ・ラという舌の体操をするといいんで
すね」
 と言ったら、
「そうです、そうです。私も、どうしたらいいか調べておきます」
 舌が衰えると、下に落ち、顔のラインはたるむは、食べる、話す、鼻呼吸
にも悪影響が出るは、ということになる。
 その予兆が見て取れた早い段階で言ってもらえて、よかったあ。
 そうとわかれば、鍛えればいいのだから。
 とは言え、一日たった三分もかからなくても、もう、毎日はできなくなっ
ている私。