旅のわくわく

 遠方の友から連絡が来た。
 優に十年以上会っていない友。
 好きな音楽バンドのツアー公演を見に来るそうで、一泊するから、その翌
日、付き合ってくれないかと言われる。
 もちろん。
 で、一日目はどうするの。
 全国旅行支援の対象になるためにはほぼ始発の新幹線に乗る必要があり、
地元の人間や一泊した観光客が一日を始めるのと同じぐらい早い時刻の到着
になる。それから夕方の公演時刻まで近くの低い山を登るつもり。
 神社仏閣の観光に付き合うよりそっちの方が興味ある私は、
「じゃあ、私も」
 だが、二月は寒い。
 山頂で温かい飲み物が飲めたら嬉しいかもしれない。
 私の水筒では駄目かなあ。
 山用の高性能の水筒を買うべきか。でも値が張る。
 と、スーパーマーケットの一画でお菓子の手作り用の道具が販売されてい
る。バレンタインデー向けの催事らしいが、料理用の温度計も売られていて、
私の水筒だとどのぐらい温度が下がるかをまずは知りたいと思っていたとこ
ろだったので、このタイミングは、誰かに心を読まれたみたいにも感じられ、
ちょっとたじろぐ。
 でも、探し回る手間が省けるので一つ買い、水筒に熱湯を入れて六時間後
に温度を測り、粉末コーヒーに注いで、まあ、飲めるけど、そうだ、水筒の
周りをタオルでくるめばもっと保温できるだろうと閃めいた。本格的な山登
りではないんだし。
 山用の水筒は買わないと決めた。
 帽子を買う。
 冬のセール期間中に帽子売り場を通りかかり、ふと、一日外を歩いたら日
差しが目に眩しいだろうと思ったのだ。
 冬に帽子なんて考えたこともなかったけど。
 あとは菓子類。これらは軽いが嵩張る。
 暖かくなる天気予報も出ていたので、ダウンコートを脱ぐ可能性を考える
と、大は小を兼ねるから、本格的な山用のリュックにする。
 友は、着替えなども入れているのに小さいリュックで笑えたが、私は近隣
在住ゆえ、リュックの中身が全部不要に終わっても、それこそ笑って済ませ
られるのだ。
 結局、帽子は被って行かなかった。曇り空で、晴れるより雨の確率の方が
高かったのだ。
 山頂ではゆっくりお茶する時間はなかった。
 準備は全部、日の目を見なかった。
 でも、不満はない。
 ただ、改めて思ったことがある。
 旅の準備で心が騒がしいあいだが旅のわくわく気分の最高潮で、当日は事
前準備やスケジュールを粛々と利用、遂行するだけの感じになる、というこ
とだ。
 こんな感覚、変かなあ。