旅の名アドバイザー

 五月にフランス人女性が来る。
 三週間の一人旅。
 私は直接知らない人。
 私とは、友達の友達もまた友達、という関係になる。
 なぜ、直接の友に私を紹介してほしいと頼んだのだろう。
 フランス語のガイドブックより有用な情報がもらえるかもと期待されたの
か。
 インターネット電話で彼女が考えているざっとした日程を聞いて、京都、
奈良、大阪に関して、まさしく私の個人的見解で、初めて来日する人に良さ
そうな場所を選び、フランス語の紹介サイトを探し、一覧にして送った。
 お勧めの場所が結構な数に上ってしまったが彼女の旅の嗜好をよく知らな
いので、取捨選択しても、かなりの数になってしまったのだ。
 彼女は四国にも行きたいと言った。
 瀬戸内海の直島(なおしま)、豊島(てしま)、四国の祖谷のかずら橋。
 祖谷渓かあ。いいなあ。
 是が非でも行きたいというほどではないけれど、行く、と聞いてそう思っ
たのは、私が自然が好きだからかも。
 しかし、初めての日本で、一人で行くなんて、すごい。
 一緒に行く気はないかと聞かれた。
 誰かと一緒なら、私は重い腰が上がる。
 ただ、その時は返事を濁した。
 交通の不便さが想定され、本当に行けるのかと思ったのだ。
 いや、外国人の彼女が行くというのだから行けるんだろうけど、日本人の
私は、行くなら、やっぱり効率良く見て回りたい。
 外国人は自国で日本のJRなら無料で乗車できる三週間の切符を購入でき
るので、新幹線は乗れば乗るほど元手が取れるが、会社が経費で落としてく
れる出張ではない私には、フェリーや高速バスの方が断然お得。
 でも、彼女にあわせて新幹線で良しとしよう。
 交通機関の乗り継ぎや時刻表を検索する。ところが、駅の場所などもイン
ターネットの地図で確認しようとすると手こずる。四国の全体像がわかって
いないからだろう。
 紙の地図を求めて、四国のガイドブックを買った。
 名所や地名がよく把握できた。
 現地のバスは本数が少なすぎるから、タクシーを貸し切るのが合理的だろ
うな。
 彼女に付き合うとしたら一泊二日だが、一体どれだけ高額な旅になること
やら。
 それでもいいと腹を括り、次の電話の時に、調べた結果を伝えた。
 彼女は、お遍路さんの真似もしたいし、高松や徳島を拠点にするのがいい
かも、と考えを変えた。
 彼女が求める期待に私はちゃんと応えられたということだろうか。
 かくて祖谷渓の旅は幻に終わり、覚悟していた出費はガイドブック一冊分
で済んだ。