今日の幸せ

 文房具売り場で、
「すみません」
 という声が聞こえたので、店員がいるんだと思ったら、
「すみません」
 また可愛い声がして、あ、私に言ってるのかな。
 振り返ると、小学生の女の子。
「今何時か教えてもらえますか」
 返答するまでの一瞬のあいだに、以下のような思考が私の頭の中を駆け巡
った。
 まずは、店内のどこにも時計がないんだ、ということ。
 次に、この子はどうしても時刻を知る必要があり、見知らぬ大人に聞く勇
気を出せたんだ、ということ。
 もちろん、彼女は、私が腕時計をしていることを確認した。
 最後に、この私なら、聞いたらちゃんと答えてくれる、と彼女の勘が彼女
の背を押した。
 こういう一連の彼女の思考経路を、私は一瞬のうちに想像したのである。
 一瞬と言うけど、これだけのことが考えられるのだから、一瞬って、結構
長いんだなあ。
 私は真っ直ぐな目をしたその女の子に腕時計の文字盤を見せ、
「二時三十二分よ」
 と答えた。
「ありがとうごさいます」
 人に訊ねられるより訊ねることの方が多い私だが、相手が小学生というの
は初めてで、すがすがしい気分で食品売り場に降り、買い物。
 レジはどこも閑散としている。そうなると、客のいないレジに突進したい。
 と、ちょうど客がいなくなったレジ打ちの若い女性と目が合った。
 近づく。
 アイスクリーム用のドライアイスを所望し、袋と専用のコインをもらう際、
ボーナスポイントが付く対象商品のポイントは、何を見れば付いたことがわ
かるんですかと訊ねたら、短く明快に教えてくれ、
「わからないことは何でも気軽に聞いてください」
 普通の言葉だ。
 だが、私は、この言葉に込められた最大限の好意を感じ取った。
 この彼女、四月頃に柱で隠れる位置に孤立したレジに立ち、あまりに長時
間客が来なくて不安になったのか、きょろきょろ周りを見まわし、ほかのレ
ジの様子を見ようと柱から身を乗り出そうとする始末。暇だとレジ打ちの人
は皆、嬉しいより不安になるらしいのが、つくづく日本人である。
 この若い彼女は働き始めたばかりの新顔だったので、私は籠を持って近づ
くと、
「客が来ないのはラッキーって思わないのね。忙しい方がいいのね」
 と語りかけたのだった。
 立ち去る時は、
「頑張ってね」
「はい」
 晴れやかな声。
 以来、用がなければ目と目で笑い合うだけだが、互いに特別の親しさを感
じ合えている気がしている。
 彼女のレジに並べる時は、楽しい。