褒め上手

 さすがに朝夕は涼しくなってきたので、今日でこの装いはおしまいに
しようと、エンジのしわ加工のフレアスカートをはいて出勤した。ウエ
ストと水平に二箇所で切り替えがあり、163cmの私がはいて、ちょ
うどくるぶし丈まである。裏地はそれより少し短く、下から10cmほ
どがほのかに透ける。スカートが風に揺れるのが気に入って、去年の夏
に購入した。インド綿のインド製で、未だに手洗いの度に色落ちする。
 これに白のパフスリーブのTシャツを合わせたりするのだが、私のイ
メージとしては、ミレーの『落ち穂拾い』か、フェルメールの『牛乳を
注ぐ女』の百姓女の自覚である。ところが、なぜか、このスカート、人
の口から褒め言葉を引き出してくれる。ついにはマンションの管理人に
まで「今日は魅力的ですね」と言わしめてしまった。
 女同士は美の対抗意識が強いものだが、それでも、思わず褒め言葉が
口を突いて出ることはある。そういう時は本音と思っていい。
 私は、職場の若い外国人女性が化粧をしてきたのを見て、「いいじゃ
ない」と言葉がするりと口から出たのだった。そして、当然、周りの男
性陣からも褒められただろうと思って確かめると、「誰にも何も言われ
ない」と言うので、憤然と彼らに抗議した。すると、「ちゃんと気付い
ている。ただ、口に出して言わないだけ」ですと。
 フランスにいた時、ショッキングピンクの膝丈のフレアスカートをは
いて、麦わら帽子をかぶって歩いていると、マンホールから顔を出した
工事人に「よ、お嬢さん」と声をかけられた。勘違いさせるような着こ
なしを秘かに反省させられたけれど。
 冬に着古したフード付きのハーフコートを着て、ぼおっとした顔で地
下鉄の改札口に繋がる歩道トンネルを歩いていた時には、地下鉄を降り
て地上に向かう一群の中からの男性がひょいと私の方に身を乗り出し、
「あなたは美しい」と言うだけ言うと、再びその列に舞い戻り、外に出
ていった。私は、思わず、今度から、その言葉にふさわしいおしゃれを
します、と心に誓ったものである。
 褒められたら素直に嬉しい。だから、私は言いましたね。「日本でも、
もてる男は上手に褒めるよ」。身に覚えのある彼らは黙り込んでしまっ
た。
 しかし、並んで歩く管理人からのぞき込むようにして「今日は魅力的
ですね」と翻訳口調で言われた時、ちょっと困ってしまったことを思う
と、褒めるのは難しいとも思う。
 だが、何事も訓練あるのみ。
 みんな、もっと素直に褒められるようになれればいいね----自戒を込
めつつ思った。