心の深くへ

 爽やかな朝が来た。地平線からのぼる太陽が雲を下から染めている。
夕刻と違うのは、光を浴びた雲の下方はもうしっかり昼間の白い色に
なっていること。その代わり、近隣のマンションの壁は、一面、茜
(あかね)色だ。この色は朝であっても郷愁を誘うものなのだなあ。
 きのうは会議があり、受付けを担当した。小規模だったので、会議
が始まり、しばらくすると、私一人が残ることになった。閉会まで出
入りする人もなく、その間、完璧に手持ち無沙汰。言い換えると、体
だけそこにおき、自由に思索できる時間が訪れたわけだ。
 ところが、それができない。
 アメリカの女性飛行士で、後に作家となったアン・モロウ・リンド
バーグが、女性は、一人で静かに時間を過ごしたり、ゆっくりものを
考えたりして、自分の内部に意識を向ける時間を持つことが大切であ
ると『海からの贈物』に書いており、この部分は、いろいろな著者が
よく引用している。
 なんで、女性は、なのよ。
 でも、病院の長い待ち時間に隣り合わせた人とくちゃくちゃ気軽に
喋ることのできる女性の行動様式を考えると、その社交性が健康に長
生きする秘訣になっているとみなせそうだが、自分の思いに一人深く
沈み込むことが苦手、という側面を併せ持っているとも言えそうだ。
 昔、貴族は退屈のあまり、種々の文化を生み出すパトロンになった。
今、自分の心と向き合い、対話するためには、もう、そうするほかな
いぐらい、気を散らしてくれるものが何もない場所に自分を追い込む
しかないのか。
 けれども、今朝の私はとっても良い気分。と言うのは、もともと、
今どきの子供達より早寝なのだが、その分、目覚めるのも早くて、で
も、今起きてしまうと、昼間、仕事に支障をきたすよなあ、と再度目
をつぶると、完璧に起きているのでも寝ているのでもない状態が訪れ、
あれこれとりとめもない思いが心に浮かんでくる。これが結構昼間役
立つ内容だったりするのだ。そして、そうやって思考していたはずが、
いつの間にかレム睡眠へと移行していて、夢を見ている。「あれ、変
な夢を見ているゾ」と思って、目が覚める。幸福感が体に漲っている。
 そういう今朝。
 目覚める直前まで覚えていた夢は、起きると同時に忘れ去った。
 だが、夜寝つく時、急にそれが舞い戻ってきたりするので、心配は
していない。      
 って、心配するようなことかい。